○小説○
□恋心
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遠い恋心を揺らして乱れて。
言葉にならない切なさを落として。
行き場の無い想いに影が重なるのは必然の悪戯。
密やかな恋心に私はただ怯えるだけ…。
泡になってくれない恋心
「先生…あの、気分が悪いので…保健室に行ってもいいですか?」
「あら家長さん、珍しいわね。それじゃ…保健委員の子、彼女についてあげて。」
黒板を叩くように軽快な音を鳴らしていたチョークを止めたのはカナの声だった。
ところどころ掠れる声。
やや乱れた呼吸。
そして上気した頬。
具合が悪いのは一目瞭然だった。
カナの申し出に教師も授業を中断し保健委員が名乗り出るのを待っていたが、どうやら欠席しているらしく、代わりに手を挙げたのはリクオだった。
「先生、僕が付き添ってもいいですか?」
「えぇ。お願いね。」
リクオはぱたん、とノートを閉じシャーペンをしまうと、カナの席まで移動し「大丈夫?歩ける?」と優しく声をかけていた。
「さすが奴良!良い奴!」とクラスメートから聞きなれた台詞で送り出され、リクオはカナの体を支えながら教室を出て行った。
カナは意識が朦朧とする中、しっかりとリクオの存在だけを感じながら足を動かす。
歩いているのに浮いているような、奇妙な感覚。
何か話したいのに喉が震えることを拒否していて言葉が生まれない。
なんとなく支えてくれているリクオを見やると、「もうすぐ保健室だから頑張ってね。」とカナを安心させるように微笑む目と視線が合う。
穏やかな笑みを浮かべたリクオの表情を見ながらカナはゆっくりと意識を手放した…。
**************
「…ん?あれ、ここどこ…?」
目を開くと真っ白な天井が真っ先に視界に映った。
続いて感じるのは柔らかなベッドの感触。
薄らと薬品の匂いが漂う室内は、ここが保健室だと教えてくれる。
「あ、気がついた?」
カナのことを覗き込むようにリクオの顔が天井を隠した。
ベッドの横にある椅子に座ってずっと付き添ってくれていたらしい。
何故か恥ずかしくなって上半身だけを起き上がらせるカナ。
そしてここに来たまでの記憶が曖昧なことに気付く。
「リクオくん?なんでここに…?」
「覚えてない?一応僕がここまで運んだんだけど…。もう熱は下がったのかな?」
ほんのりと温かいリクオの掌がカナの額に触れる。
そこから伝わる熱はまだ常人と比べると熱いが、先ほどよりは幾分かマシになったようでリクオは安堵の溜息を漏らした。
「もうしばらく休んでなよ。次は体育だしその具合じゃ出れないでしょ?」
「うん…。」
「じゃあ僕は戻ろうかな。」
「あっ…!」
立ち上がるリクオを引き止めたのは小さなカナの声と、制服の裾を握っているカナの手。
「わ、ごめん!何やってんの私…。」
無意識の行動だったせいか、焦ってぱっと手を離すカナ。
そんなカナを見てリクオはもう一度座り直した。
「…体調が悪いときって一人だと心細いよね。ねぇ、もう少しここにいてもいいかな?」
「…いいの?」
「カナちゃんさえよければ。」
「じゃあ私の具合が良くなるまで傍にいてくれる?」
「うん、わかった。」
「約束だからね?」
「大丈夫、僕はここにいるから。約束するよ。」
思わぬリクオからの申し出にカナは表情を綻ばせ、同時に安心したようにリクオに笑いかけた。
外からは元気な声が聞こえてくる。
おそらく体育が始まったのだろう。
今日は男女でサッカーをすると言っていたっけ。と思い出しながらリクオは窓の外を眺めた。
「もしかして…リクオくんサッカーやりたかった?ごめんね、私のせいで…。」
「ううん!別にそんなことはないから気にしないで!」
「今度…、」
「ん?」
「もし今度…リクオくんが風邪引いた時は私が付いててあげるね…?」
「えっ!?いいよ、そんな悪いし!それに僕の家の場合…過剰なくらいに看病してくれる奴がいるし。」
思い出し笑いだろうか。
「大量の氷を頭に乗せてきたり。」と言いながら控え目な笑い声を漏らすリクオ。
どこかを眺めながら優しい笑顔を浮かべるリクオにカナは胸が苦しくなるのを感じていた。
自分では無い誰かが、
目の前の男の心に棲み付き、
穏やかな瞳を生み出している。
その事実が悲しくて、ただ漠然とした闇に落とされる…。
「あれ?なんでつららがあそこに…?」
「え、及川さんがどうしたの?」
しばらく奇妙な沈黙が続いていたが、それを破ったのはリクオの声だった。
グラウンドを眺めていたリクオが一点を見つめながらある少女の名を紡ぐ。
その視線を辿れば広いグラウンドをきょろきょろと見渡しながら歩いているつららが。
「もしかして…僕のこと探してる…?」
「そういえば保健室にいるって伝えてなかったな。」と呟きながらリクオは視線をカナに戻した。
その時…、
「−−−−!!」
ボールが何かにあたる小気味いい音と、一気にざわめく人間の声が聞こえた。
振り返って外を見ると、人だかりの中心につららがいる。
どうやら誰かが蹴ったボールがつららに当たってしまったらしく、しかも当たりどころが悪かったのかつららは気を失い倒れていた。
「つらら…!」
「あ、リクオくん…!?」
それを見たリクオは血相を変えて保健室を出て行った。
カナから見てもリクオは落ち着きを無くしつららのことを心配して駈け出して行ったのは明白だ。
ひとり残されたカナはベッドの上からグラウンドの様子を窺う。
しばらくするとそこに現れたのは案の定リクオで、つららのことを大事そうに横抱きにしていた。
「リクオくんの嘘吐き…。」
あっさりとほんの数分前の約束を破られ、同時に鋭い痛みを伴う胸に反応するかのように零れ落ちる涙。
傍に居てくれると信じても、そこに心は無いから。
だからこんなにもはっきりとした優先順位を見せつけられてしまう…。
「どうしよう…。」
このままではつららを抱えたリクオが保健室に来るのは時間の問題だ。
つららを心配するリクオも。
大事そうに抱かれているつららも。
ただカナを深い闇へと誘うだけの存在…。
「帰れる…かなぁ…。」
まだダルさの残る体を動かしベッドから抜けようとするカナ。
床に足をつけ上履きを履いて立ち上がるがすぐに眩暈に襲われてしまう。
ぐら…と歪む世界に抗いたくても体が重たくて動けない。
そのまま大人しくベッドに吸い寄せられるように体を横にした。
「失礼します!」
そしてカナが保健室から出る前にリクオたちがやって来てしまった。
室内に保険医がいないのがわかっていても形式上の挨拶をするリクオ。
その声から焦りが滲み出ているのがよくわかる。
仕方なく寝たふりをしようと深めに布団を被り、出来るだけ二人を見ないようにするカナ。
「まったく…。心配かけさせないでよ…。」
「す、すみません…!でも一瞬本当に意識が飛びました。サッカーボールって恐ろしいですね!」
「笑いごとじゃないからね。」
抱いていたつららをベッドに寝かせながらリクオはつららの額を小突いた。
ボールを当てられたというのに当の本人は大して気にしていないようで、それどころか無邪気な笑い声すら出している。
「カナちゃんは…寝てるね。静かにしてないとダメだよ、つらら?」
「はい!任せてください!」
…充分声大きいんですけど。と思いながらもカナは二人の様子が気になってしまい、少しだけ二人が見れるように布団をずらした。
そこにはベッドに横になっているつららと、愛しそうにつららの頭を撫でているリクオがいた。
つららに大した怪我が無くて安心しているのか、リクオは頭を撫でながら「大丈夫?痛くない?」と優しい声音で尋ねている。
その姿がカナにとって心地良いはずがなく、胸を巣食う恋心に苦しまされるだけ…。
「少しだけ痛みますけど…大したことありませんので!」
「本当に?」
「はい!」
「そう…それなら…、」
「っ…!?」
「これで完全に痛みもひくんじゃないかな。イタイイタイの飛んでけ〜ってやつ?」
あまりにもリクオの動作が自然で、その行為が一瞬口付けだと理解するまでに時間がかかった。
軽く額に唇を落とすリクオと、照れているつらら。
同じ場所にいるのに世界が違って見えるのは何故だろう?
どうして私ではなく彼女なのだろう?
いくつもの気持ちが次々に生まれていくが、泡となって簡単に消えるはずもなくいつまでも彷徨い続けている。
カナは寝返りをうつようにして二人の世界を拒絶した。
後ろから聞こえてくるのは不快な音でしかないから…。
「つららに何かあったら僕絶対耐えられない自信あるよ。」
「すごい慌てようでしたものね。…嬉しかったです。」
遠い恋心を揺らして乱れて。
言葉にならない切なさを落として。
行き場の無い想いに影が重なるのは必然の悪戯。
密やかな恋心に私はただ怯えるだけ…。
隣で笑い合えていたあの頃はもう戻ることが出来ない遠い過去の時間。
私はぐれてしまった恋心を抱いて泡になってくれるのを待つの。
迷いこんだ先に愛に飢えた涙を隠して…。
■END■
アトガキモドキ
瑠依様に捧げます!
瑠依〜!リクがリクつら←カナだったけど…こんな感じで大丈夫かな?
前半リクカナっぽいけどリクつら←カナだよ!
リクオとつららの絡みが少ない!とか思ってるかも…。うん、だって私もそう思うw
こんな駄文だけど、日頃の感謝を込めて瑠依に贈ります!