○小説○

□抱きしめられたら
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あなたのそばにいられたなら、それだけでよかったはずなのに…。
私は何故それだけでは満足できなくなってしまったのだろう。
三代目として立派にこの奴良組の総大将となられた若に私は幼少の頃から仕えているけれど、最近の若は遠くなってしまったようにも感じてしまう。
奴良組の繁栄は喜ぶべきことなのに、何故私は素直に喜び、若を支えることができないのだろうか。

若が夜のお姿になられると、最近は『つらら』と呼ばれることがなくなった。
けじめ、だから。
以前はいつも呼ばれていた名前であり、すっかり定着して若だけが呼ぶ私のなまえ。
いえ、呼んでくださっていたなまえが正しいですね。
わかっているはずだったのに。
『及川つらら』は人間の姿をした仮の姿の名前であり、私の名前なんかじゃないこと。
昼のお姿のときは今でも呼んでくださる、それが昼と夜、人間と妖怪の境界線を表す。
いつの間にかとても大切になっていた名前。
夜にご用のときは雪女と呼ぶ若が少しだけ寂しいだなんて、私は我儘よね。
若のおそばで若のお役に立つ、それだけでよかったはずなのに、それが私の望みであったはずなのに。
何時からか私は若に名前を呼ばれて、必要としてほしくて、特別になりたいだなんて思うようになってしまった。

「どうした、雪女」

私のことを『つらら』と呼んでいた頃よりも低くなられた声が私を呼ぶことはない。
そう、私と若が盃を交わした懐かしき頃。
若の一番近くにいれた、頃。

「リクオ…様…」

重くなってきた瞼を閉じれば今でも鮮明に思い出せる懐かしき日々。
若の隣にいることができて、ご寵愛を受けて、幸せなはずなのに。
こんなにも近くにいるのに何故こんなにもあなた様は遠いのだろう。
夜桜が舞う闇に背を向けて、冷えるなと微笑しながら隣にいる私の髪を鋤く行為がとても愛しい。
陽の光も似合うけれど、やはり若には闇が似合います。
深くて暗く、それでもあたたかい闇が誰よりも似合う方。
主であるのに、私なんかがこんな立場になれることは本来ならばあり得ないのにそれでも若は私を誰よりもそばに置いてくださるその優しさが時に冷たく、あたたかいのは苦手なはずなのに苦しく思う。

「なんだ、足りないのか?」

「ま、まさか!」

「なんだよ、今さら恥ずかしがるなって。もう一回するか?」

「リクオ様!」

真っ赤になって反論する私を楽しそうにくつくつと笑いながらあやす。
私を求めてくれるのは、若の本心だと信じたいけれどどうしても不安になってしまうの。
安心の仕方を忘れてしまったかのようにあなた様に溺れる私は側近として失格かもしれない。

どうかどうか、私だけのものにしたいだなんて言わないから、せめてもう少しだけだとしてもあなた様の一番近くにいさせてください。
私に口付けるあなた様を信じさせてください。

口付けの間に漏れる吐息が色っぽくて見とれてしまう。
闇に咲き誇る夜桜が似合う私の一番、命よりも大切な方。
呼んでくださらないなまえを含ませてどうか深い口付けを。











抱きしめられたら安心きるだろうか


(境界線を越えたくて)







アトガキモドキに見せかけたお礼!
ゆいちゃんから素敵なリクつらを頂きました!
ニヤニヤが止まらないよ、悶えちゃうよ!
本当にありがとうございました!

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