○小説○
□視界の中のシンビジウム
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虚無。
それは俺の所有する死の形であり、俺自信の存在そのもの。
感情、関心、概念…それらはすべて、俺の目の前では意味を成さなくなり、崩壊してゆく。そして無になる。
無論、失ったものを追うことなどしなかった。望むものなど以っての外、皆無だ。俺が自我を持った時からそれはずっと不変で、これからもそうなのだろうと、思い込むのは当然だった。
それ故に、だろうか。
「あ、ウルキオラさんっ」
こいつの全てを手に入れたいと、望んだとき、
「待ってました!お茶しましょうっ」
妙な違和感を、憶えたのは。
「…桜?」
円形のテーブルの向かい側で、俺の問いに女が頷いた。薄く微笑む。
「現世では今頃、桜が満開の時期だと思うんです。とっても綺麗なんですよ。知ってますか?」
「興味はないが……なるほどそれが見たいということか」
「う?え、あ…違うんです!ごめんなさいそういうことじゃなくて…」
「?」
女はいきなり身を乗りだし、必死な顔で弁解を図った。いや、弁解ではない。真実を伝えようと必死なのだ。
「だから、あの…気を悪く、しないで…」
どうやら女は、俺が『桜が見たいのか』と言った故に、こいつは現世に帰りたがっていると俺が思ったのではないだろうかということを心配しているようだ。
しかし、それは、
「さ、桜は…見たいですけど……でも」
お前が帰りたい、と願うのは
「こうして、貴方とお茶してるほうが好きです」
当然のこと、だろう。
俺は矛盾している。
女の望みを叶えたい、と思う反面、帰したくはないと、縛りつけたい衝動にかられている。
それを知ったらこいつは、どう思うだろうか。
女と出逢う以前の俺なら、決して考えなかったことだ。