短 編

□バレンタインデーとは
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松本が倒れた。


ここ暫く、多量の書類を捌き処理するのに残業だったこともある。
更には担当地域の現世や流魂街に出没する虚の討伐が加わった。
隊首である日番谷や隊士達も当然、同じ分だけの疲労が蓄積されてはいたのだが。


そこに松本は『バレンタイン』のチョコレート作成を、強引に捻じ込んできた。
本来なら自室に寝かせればよかったのが。
そこは松本である。
確実に抜け出すだろうと、周囲の誰もが簡単に予想できた。


『ある意味、自業自得なんだがな』


羽織の裾を翻しながら、日番谷が歩いているのは四番隊の廊下である。

担ぎ込んだ理由に、卯ノ花は苦笑しながらも快く引き受けてくれた。
擦れ違う死神達からの挨拶に受け答えしながら、目的の病室前へと辿り着く。


「松本、入るぞ」


軽く扉を何度か叩き、乾いた音を立てながら扉を滑らせる。


「あ、おはようございます、隊長」


軽い口調で挨拶を返され、日番谷の片眉がぴくりと動いた。


「ところで。あたし、なんでここにいるんですか?目が覚めたら驚きましたよ」


既に寝台から抜け出た松本は、暢気な声音で問いかけながら腰帯を結んでいた。


「……お前、覚えてねぇのか?」

「うーん。確か、十番隊の台所で『チョコ』作ってましたねぇ…」


昨晩の記憶を探っているのか、口調はとてもゆっくりで緩い。


「隊長も付き合って下さったでしょう?」


手櫛で髪を整えながら、にっこり笑みを浮かべて見せる。


「無理やりだろうが」


キリの良いところで執務を終えたのは、それでも深夜に近い時刻だった。
執務室の施錠を確認している最中。
松本に荷物のように抱えられたことを思い出し眉を寄せる。


「あんな時間、誰も見てませんって」


途端に不機嫌になった理由を悟ったのは流石、というところだろう。


「そういう問題じゃねぇ」

「そうですか?それよりも隊長は、もうちょっと食べないと駄目ですよぉ」


普段と代わらない陽気さで振る舞うが、顔色は冴えない。


「………大きなお世話だ。動けなくなった奴に云われたくねぇな」


思わず日番谷は肩を竦め、大きな溜息を松本の前で吐き出した。





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