短 編
□やつあたり
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三番隊と十番隊は、そう近くはない。
ましてや朝一番に市丸と会うことなど、意図的に動かねば有り得ない。
なのに朝から照り付ける陽射しすら暑い日に、それは起こった。
「迎えに行くから待っとってや」
「…なんでだ?」
朝っぱらから唐突に目の前に現れ、そんなことを云い出す市丸を不思議に思いつつ、小首を傾げそのままの疑問を口にした。
「ボクが迎えに行きたいねん。昨日、しんどそうやったやろ?」
「…昨日?…あ…」
夜といえど湿度が高く暑かった昨晩。
夕餉を他の隊長達と摂った際、あまり手をつけていなかったのに気付いたらしい。
道端で会わなければ、本当は部屋の前まで出向くつもりだったのだろう。
「…でも…」
ぐるぐると色々な事が頭の中で浮かんでは消える。なぜか十番隊の隊士達は市丸を好意的には見ていない。幼なじみだと聞いた松本ですら一歩、後に退いている。
「終業してからここで待ち合わせ、な?」
市丸は気にしてなどいない様子だが、隠す事も上手いと知っているだけに、あまり互いを会わせたくはなかった。
「…わかった。ちゃんと仕事しろよ?」
「勿論や」
―――と、豪語してたんだ。
※※※※※※※※※※
風も無く蒸し暑い中、氷を出せと煩くねだる松本を、怒鳴り付ける余力も無く。
気が付けば、いつの間にか執務室を抜け出され。
探す気力、体力を書類に全て使い切り。
三席に他隊への書類を頼んだのが終業、一刻前だった。
「……暑い……」
と口に出したが最後、体感温度が三度は上がった気がした。市丸が気にかけてくれた通り暑さで食欲は無く、本日の昼食も摂りそびれてしまっていた。
「…………はぁ」
筆についた墨を軽く拭い、硯と筆を引き出しに片付ける。
流石に一番隊への書類は三席には任せられない。身体が怠いせいもあり、椅子から立ち上がる動きも緩慢だ。視界が軽く歪んだ気がしたが、そのまま施錠し執務室を後にする。松本のことが頭を過ぎったが、文句は明日でいいだろう。
隊士には少し早いが退出して構わない、と通達している為か、随分と静かだった。
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