短 編

□月明かりの下で
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―… 十番隊・執務室 …―


十番隊執務室の来客用の長椅子に懐いていた市丸が、唐突に起き上がる。


「…どうしたんだ?」


その動きに隊長印を押しかけた日番谷の手が止まり、目を丸くして市丸を見た。


「ボク、用を思い出したから行くわ」

「用事?もう終業時刻だが…こんな時間からか?その前に三番隊に戻れよ」


立ち上がり、少しだけ着崩れた死覇装を直している市丸に、日番谷が問いかける。


「ボクが忘れとっただけなんよ。今晩、出掛けるん?」

「いや、特に予定は無いが…」


小首を傾げながら、見上げてくる日番谷の答えに満足そうに市丸は口角を上げる。


「じゃあ、部屋に寄るからおってな?」

「…わかった。だが…」


素直に頷く日番谷に手を振り、踵を返す。


「わかっとるって、ちゃんと三番隊に寄ってから行くさかい大丈夫や」


足どりも軽く、執務室を後にしようとした市丸を日番谷が呼び止める。


「待て、市丸」

「何やの?冬?」

「外に出るなら傘を持っていけ」


日番谷の言葉に窓の外を指差し、今度は市丸が首を傾げた。


「………めっちゃ、晴れとるけど?」

「悪ぃことは云わねぇから、持って行け」

「すぐ帰ってくるし、大丈夫やろ」


瞬きの間に、市丸の姿は消えていた。


『…どうしたんだ、アイツ?』


すぐに戻るなら大丈夫か、と日番谷は窓の外を眺めた。





※※※※※※※※※※





市丸が去った後。
入れ代わりで戻って来た松本に、書類の配達後の帰宅を許した日番谷は、特に急ぐものでもない書類に手を伸ばしていた。

窓から見える空は、どんよりとした灰色の雲で埋めつくされており、夕暮れの陽も茜色の空すら見えない。


『…まだ…戻ってねぇな…』


ぬるい風が開かれた窓から入り込み、日番谷の頬を撫で柔らかい銀色の髪を揺らす。


「………仕方ねぇな………」


机の上にあった未処理の書類を片付けると、明かりを消し執務室を後にした。





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