短 編

□真綿の檻2
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瀞霊廷の朝。
出仕刻限には、まだ少し早い時間。


そんな中、誰もが上空を見上げることは無い、と予想できるのだが。


「確かに一番の太陽は見えるんだが…」


肌を撫でる風が、ゆるゆると凍てついた空気を少しだけ暖かいものへと変える。


「なん?」


のほほんと云い切る市丸の腕の中に収まる日番谷は、苦笑を浮かべるしかない。


「……バレたら総隊長の説教だぞ?」

「大丈夫やって」


白から水色へと変わる空を眺めながら、からからと笑う。


「冬はここから動かんかったら、怒られんやろ」


市丸が立つのは瀞霊廷内で一番高い場所。
懺罪宮上空に己の霊力で足場を作り、言葉通り朝一番の太陽を眺めていた。


「…あ」

「なんだ?」

「お風呂。沸かしてくるの忘れとった」


へにょりと眉と目尻を下げ、困り顔で日番谷を見下ろしてくる。


「構わねぇよ。んなの」

「やって………冬?」


すり、と首に回った日番隊の腕に力が篭り、市丸の言葉を止めた。


「いいんだよ。今はこの時間がいい」

「……なら、えぇねんけど」


くっついている部分が、温かい。
市丸の心遣いが、日番谷の心に染み渡る。


「ちゃんと…」


市丸に今、伝えなければならない。


「俺、ちゃんと前を見て歩けるから」


なぜか、そう日番谷は思った。


「……そぉか。じゃあ、ボクも負けんように前見んとアカンなァ」


顔を出し始めた朝日を真っ直ぐに眺めながら、市丸はのんびりと相槌を打つ。


「大丈夫だろ。お前は迷いなく自分の道を歩けるさ」


市丸からの答えは無い。
だが、見下ろしてくる面は日番谷に見せる、柔らかい色が浮かんでいる。


「…市丸?」


名を呼んでみたものの、答えは無い。


それでも。


言葉など無くとも、日番谷には市丸の見せる表情だけで満足だった。


気持ちのままに頬が緩む。

想いのままに口許が綻ぶ。


なのに。


皆は苦手だと。

何を考えているか解らないと。


そんなことはないのだ、と日番谷は思う。





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