短 編
□切 望
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そこにある柔らかい笑みは日番谷の知る、誰もが見なかったものだ。
松本でさえ、たくさんの偽りの中から掬うことのできなかった微笑み。
「冬?」
反論する間もなく、即席で造られた穿界門に地獄蝶と共に放り込まれるのは、実は今回だけではない。
ひと月にも満たない短い間で、そろそろ両手の指の数を超えようかとしている。
更に云うならば言葉を視線を交わすのは、運び込まれてから初めてのことであった。
「どないかした?」
「………………いや、なんでもねぇ」
布団の傍らに敷かれた座布団に、行儀悪く胡座をかく。
「羽織も袴も皺になるで?」
零れ落ちる笑みに、日番谷はその双眸を伏せるしかない。
卯ノ花の尽力で身体の傷は塞がったと松本から聞いた後、脆くなっていた魂魄は保てなかったのだと聞かされた。
泣き崩れた松本を落ち着かせることで精一杯だった日番谷には、その違和感に気付かなかった。
「なぁ、どれくらいの時間経っとるん?なんやボク、寝てばっかりなんよ」
「魂魄が落ち着いてねぇんだよ」
魂魄が脆くなったのが本当。
魂魄が保てなくなったのが嘘。
極秘裏に浦原達が隠したのだと、知らされたのは傷も癒え復帰した翌日。
「――ふ――」
あの時も今日と同じ名目だった。
臓器修復中の幼馴染みの今後を涅に聞く為に訪れた先でのこと。
「――る?――ふ―」
あの光景は目を閉じる度に、想う度に脳裏に何度も甦る。
自分の気持ちに折り合いをつけ、何とか諦めたものが手を延ばせばそこにある。
開いた手の平に視線を落とした瞬間。
「なァ、ひとりにせんとって?」
大きな手に引き寄せられ見上げた先には苦笑いを浮かべた顔がある。
「………………あ……悪ぃ」
「冬は考え事しとったら、いつもそうやからなぁ」
「時間、だったな。もう少ししたら、ひと月になる」
「………そぉなんや。冬は隊長さんやのにここに来てえぇの?」
穏やかながらも淡々とした言葉が静かな空間に響き渡る。
「隊長、な」
苦い記憶が甦る。
藍染の言葉にあっさりと感情的になった自分を思い出し、日番谷の眉間に皺が寄る。
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