短 編

□切 望
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自分は今、どんな顔をしているのだろうかと市丸は思う。
日番谷から、その言葉を聞かされることになるとは想像もつかなかった。


自分が決めたことに他人を幼馴染みを巻き込まない為に、心理を読ませない為に、笑顔を貼付けた。


独りで歩むことを選択した。


誰かに心の内側を吐露したこと等、あの時から一度もない。


日番谷が何時からそんなことを思い、考えるようになったのだろうかと驚かされる。


「ボクは………冬が、乱菊が生きとったら、泣いとらんかったらそれでえぇんよ」

「俺は泣かねぇよ。そこに吉良も入れてやれよな、お前」

「あぁ、そうやね」


気の毒じゃねぇか、と呆れたような苦笑混じりの日番谷の声音が心地よかった。


「藍染のことは護廷が何とかするさ。お前は……自分のやりてぇことをこれからすりゃいいんだよ」


護廷と市丸を切り離した物言いに少し寂しさを感じる。
だが、言葉裏にある「お前は自由なのだ」と云われて、少し前の過去の記憶が呼び起こされる。


不条理で、理不尽なやりきれない記憶。
新しく招集された中央四十六室も同じことを繰り返すのだろうと簡単に予測できる。


子供をあやすようにぽんぽんと頭を撫でられ、市丸が漸く顔を上げた先には綺麗な碧翠の瞳があった。


「冬は………それでえぇの?」


言葉の意味を悟ったのか、その表情は困ったような嬉しいような中途半端なそれだった。


「………それ以上に大事なものが俺にもできたからな」


ぽつりと呟く口元に少しだけ笑みを浮かべ、双眸を細める。


「俺の一存じゃ羽織も当分は脱ぐこともできねぇし。お前がそんな顔すんな」

「…………やって」

「それで十分だ」


華が綻ぶような笑みを見せてくれた日番谷に、市丸の口元にも笑みが浮かぶ。


「あぁ、忘れとった」


何かを思い出したように市丸は愛しい存在から手を離すと敷布団をめくる。
そこに二つ折にして置いてあったタオルを引っ張り出した。


「なんだ?」

「これ貰うてくれへんやろか?」


広げたタオルの中にあったのは、いつか貰った小さな小さな紅い珠だった。





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