短 編
□切 望
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あの時は抵抗出来ず日番谷自らの手で手放してしまった市丸の作った『お護り』。
霊力の無かったあの頃は判らなかったが、小さいながらも珠は市丸の霊力を感じ取ることができた。
「………これ」
「霊力はまだ不安定やねんけど、調子のえぇ時に作ったんよ」
ひとつを取り上げ、市丸の指先は髪に隠れた日番谷の耳をあらわにした。
「これくらいは冬の傍に……いさせてくれへんやろか?」
小さな手触りの良い耳に、長い指先がそっと触れる。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せた日番谷の両耳に、以前と同じように紅が収まった。
「俺、返せるもんがねぇじゃねぇか」
律儀な日番谷らしい言葉に、市丸はくすりと笑う。
「何度も会いに来てくれてたんやろ?ボクはそれで十分や。気に入らんかった?」
眉尻が下がる市丸の前で、日番谷は左右に頭を振る。
「そんなことねぇ。お前から貰ったもんで困ったもんは干し柿くれぇだ」
心底嫌だと顔に書いた日番谷を、市丸はただ頬を掻きながら笑うしかなかった。
「干し柿、相変わらずあかんのやね」
「お前や松本には悪ぃが、あれは食いもんじゃねぇ」
嫌なことを思い出したのか、疲れた溜息を吐き出す日番谷の頭を撫でる。
「傍におられへんし尸魂界にも行かれへん。冬をひとりにしてしまう……ごめんな」
「……ひとりじゃねぇよ。俺はお前とこうして会うことも話すこともできないと半ば諦めてたんだ」
使いを頼まれる度に毎回、覚悟を決めてここに足を運んでいた。
いつも浦原からの報告を聞くだけで、この部屋に足を踏み入れるのは実は二度目だ。
「お前がどの世界に在ろうと、生きていることが俺には一番大事なことだ」
「………おぉきに」
この短くとも穏やかな時間が、次は何時やってくるのかも分からない。
「死を選ばずに、生を選んでくれたことを俺は感謝せずにはいられない」
ありがとう、の言葉は涙を堪えることで精一杯で音になることは無かったけれど。
唐突にしがみついた身体を、大きくて温かな両手が受け止めてくれた途端。
世界が滲んで見えた。
了
2010.10.16.UP