短 編

□バレンタインデーとは
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調理器具を扱う手先は覚束ず。
昼間ですら、好きな煎餅や饅頭も含めた食べ物の匂いに眉を寄せていたのだ。
更には酒すら手を延ばしていない。

そんな松本を日番谷は見たことがない。

そんな状態で部屋に充満するチョコレートの匂いを受け入れる筈もなく。
あまりの気分の悪さに吐き気を覚えたのは、つい数刻前のこと。


『……こいつはもう忘れてんのか?』

「だ、だって味にも拘りたかったんですよぉ。ほら、隊長ってば記憶力抜群だし」


その夜、付き合わされたのは現世で調達した、既製品のチョコレートの味見だった。
正確には、後から松本が作る『ちょこ』との味比べ。
ある意味、試練の時間だった。


「隊長のお陰で味は昨日、決まりましたし。これでも感謝してるんですよぉ」

「………お前なぁ」


甘ったるい匂いと、どうしても馴染めない味に付き合わされた揚句、四番隊に担ぎ込むことになった。


「感謝も込めて、隊長にはとびきりを用意しますからっ」

「いらん」


基本、甘いものが苦手な日番谷には、この時期は更に苦手だった。


「どうして四番隊にいるのか覚えてませんけど、もう大丈夫ですし隊に戻ります」


乱れた寝台を綺麗に整えた後、くるりと日番谷に向き直る。


「確か今日の方が書類が多い筈ですよね。休んでなんかいられません」

「ここにいると『ちょこ』が作れないからだろうが」


にこにこと満面の笑みを浮かべる松本とは対象的に、日番谷の表情は苦虫を噛み潰したように渋い。


「まぁまぁ。それも明日までですから」


扉を開け、上司の前に道を作り先を促す。


「ともかく、卯ノ花に断りを入れろ。ここに呼ぶから自分で説き伏せるんだな」

「えぇっ。そんなの無理ですよ」


流石に松本も卯ノ花には強く出られないようで困り顔だ。
助けてくれと云わんばかりに、見下ろしてくるが日番谷にその気は全くない。


「四番隊に世話になった以上、当然だ。まぁ、頑張れ」


少し焦った様子の松本を病室に残し、ぴしゃりと日番谷は扉を閉めた。





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