短 編

□生けるもの
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雛森の様子を見ると、日番谷の云う通りなのだろう。
口唇を噛みしめ、不満げな顔を隠しもせずに日番谷を睨みつけている。


「…っ、藍染隊長、でしょ?日番谷君っ」


上擦る声音では日番谷には勝てない。
今回の『お願い』は聞き入れて貰えないだろうと松本は思う。


「お前も日番谷隊長、な。都合が悪くなると直ぐに違う話に変えんなよ」


小さく肩を竦め、話は終わったとばかりに日番谷は湯飲みに手を延ばす。


「とにかく持って帰れ。てめぇの責任で飼うんだな。俺は知らん」


なんだかんだと雛森の『お願い』を聞く日番谷が、ここまで拒絶するのは珍しい。
一度も言葉に迷う雰囲気を纏わせない。

ただ気まずいのか、日番谷の視線は雛森を捕らえていない。
松本もそんな日番谷に気をとられていて、気付くのが遅れた。

ちらりと雛森を横目で見ると、膝の上で湯飲みを握りしめている手が震えている。


「ひ、雛森?」


松本の気遣う声音に、日番谷も漸く雛森へと視線を向ける。


「……っ…」


小さな声は横に座る松本も聞き取れず。


「え?」

「シロちゃんのバカッ…」


小さな声は耳を塞ぐ程の大音量に変化し、執務室内に響き渡る。


「日番谷隊長だっつうの」

「うるさいっ」


こういう時、時間というものは本当にゆっくりと進むのだと松本は思った。
雛森の持つ湯飲みから、若草色の液体が勢いよく飛び出す。
放物線を描いたそれは、日番谷に辿り着く前に見事に端から凍りつく。


「シロちゃんなんて、もう知らないっ」


足音高く雛森が廊下へ飛び出し、その霊圧はあっという間に隊舎から消えた。


「……たいちょ、宜しかったんですか?」


氷を摘みあげながら転がる湯飲みも拾う。
日番谷が霊圧を解放したおかげで、室内はずっと涼しくなっていた。


「なんだ」

「置いていかれちゃいましたけど」

「…………云うな」


言葉で黙らせても振り切れた感情では持参したもの等、頭には残っていないだろう。


『やっぱり雛森の勝ちね』

「取りあえず、お昼ご飯にしません?」


金魚より隊首の食事を松本は優先させた。





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