短 編

□生けるもの
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※※※※※



終業を知らせる鐘の音が、ゆったりと護廷内で鳴り響く。

飲み会の約束を力説した松本が珍しく仕事に勤しみ、既にその姿はない。
副官が働いたおかげで、日番谷も久しぶりに残業せずに済んでいた。

施錠し廊下を出た先に映るのは、太陽の光に反射する硝子の器。
ひらりと尾鰭を翻す朱い小さな魚を眺め、日番谷は小さく息を吐いた。


「溜息なんぞついて、どないしたん?」


不意に日番谷の耳に届いたのは、おっとりとした男の声。
こんな訛りのある言葉を使うのは、同じ羽織を纏う同僚以外に聞いたことがなく。
気配なく現れるのはいつものことで、日番谷は驚くこともなかった。


「可愛らしいなぁ、金魚やね。溜息の原因はこれ?」


軒下に吊された小さな硝子の丸い器を、市丸は見上げた。


「金魚玉見るのも、珍しいなぁ」

「金魚玉っていうのか?中身は押し付けられて、あれは松本が用意した」

「押し付けられた、て………雛森ちゃん?あの子、世話できひんの?」


仕事以外で何かを押し付けてくるのは、互いの幼馴染みだと簡単に予想できる。
首を傾げた市丸は即、思い付いたことを日番谷に尋ねた。


「だったら、まだいいんだが…」

「他に理由なんぞ、ある?」

「現世任務で持ち帰ったからな。藍染にゃ、見せられねぇんだろ」


溜息混じりな日番谷の言葉に、市丸はクスクスと笑い出す。


「お魚一匹くらいで、あのヒトがとやかく云いはるとは思わへんけどなぁ」

「藍染が、じゃなく自分がどう見られるかが気になるんだろ」

「で、ここで飼うん?」


市丸の言葉に、子供の顔が何ともいえない中途半端なものへと変わる。


「………気は進まねぇんだが、な。お前はどうしたんだ?」


話は終いだ、と硝子の器から市丸へと碧翠の瞳に映る景色が変わる。


「晩ご飯のお誘い。そろそろ辛なってるやろぅ思うてな」

「あ……いや、俺は」

「昼も残しとるやろ?」


見てきたような市丸の言葉に、日番谷の眉間に皺が一本増える。


「お弁当やけど、ボクんとこで……な?」


にんまりと笑ってみせると、顰た表情が少しだけ緩んだ。





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