女神の祈り

□土翁と空夜のアリア
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とにかくここを離れることが先だと二人は屋根から屋根を走り抜ける。
行く行くはアクマに見つかってしまうのは時間の問題だろうとシェイドはひとり苦い顔をする。
いくらアレンが足止めしてるとはいえ彼はまだ駆け出しの新人だ。
そのうえ人を殺して培ったエネルギーで進化したアクマの能力は未知数なのだ。
何が起こるかは分からない。
シェイドはアレンの若い可能性に賭けようと無事であることを祈った。
―――それにしても何だ、この子供は…異様に体が冷たいし心音も…これじゃまるで…
何か喉に痞えるものを感じたが、己の腕に掴まる少女が包帯で覆われていない零れ落ちそうな隻眼を向けて袖を引っ張ったのでさして気に留めなかった。
「あ…、ち、地下通路があるの!」
「地下通路?」
「この町には強い日差しから逃れるための地下住居があるの。迷路みたいに入り組んでて知らずに入ると迷うけれど。出口のひとつに谷を抜けて海岸線に出られるのがある。あのアクマという化物は空を飛ぶ…地下隠れた方がいいよ」
少女の話を聞くと二人は街道へ降りた。
突如、電話のベルが鳴り響き、すかさず神田は自分の襟を捲り上げて黒い羽の付いた蝙蝠のような無線ゴーレムを外に出してやった。
無線を繋ぐと応答したのは進化したアクマを見張っていたトマだった。
「トマか。そっちはどうなった?」
《別の廃屋から伺っておりましたが、先ほど激しい衝撃があってウォーカー殿の安否は不明です。あ、今アクマだけ屋内から出てきました。ゴーレムを襲っています》
「分かった。今俺のゴーレムを案内役に向かわせるからティムキャンピーだけ連れてこっちへ来い。今はティムキャンピーの特殊機能が必要だ」
《はい。承知しました》
と必要事項だけ告げると神田は無線を切った。
「さて、それじゃ地下に入るが道は知っているんだろうな?」
「知って…いる…」
「グゾル…」
「私はここに五百年いる。知らぬ道はない」
フードで頭を覆い、とんがり帽子を目深に被る人形はしわがれた声でそれを取った。
明らかになった彼の人相にシェイドを含め神田も息を呑んだ。
鼻は大きくひしゃげ左目は切られて見えないのだろうか。
皮膚はただれ、顔中を火傷したかのようにケロイドがちらほら隆起していた。
「くく…醜いだろう…」
「お前が人形か?話せるとは驚きだな」
「そうだ…お前達は私の心臓を奪いに来たのだろう」
「できれば今すぐ頂きたい」
神田の言葉に少女は蒼白する。
「デカイ人形のまま運ぶのは手間が掛かる」
神田の視線は人形を定め、少女は人形を守るように前に躍り出た。
「ち、地下の道はグゾルしか知らない!グゾルがいないと迷うだけだよ!!」
「お前は何なんだ?」
「私はグゾルの…」
「人間に捨てられていた子供…だ!!ゲホ…私が拾ったから側に…置いただけだ!!!」
「グ、グゾル…っ」
「ゲホッゲホッ」
繰り広げられる行為の中でシェイドの疑念は確信へと変わって行く。
そもそも人形が咳をするなんて考えられるだろうか。
咳は喉や気管の粘膜が刺激された時に反射的に起こる強い呼気運動。
すなわち気管も食道も必要としない人形には動物的な反射行為は存在するはずがないのだ。
もし仮に咳という動物的な機能が備わっていたとしても、快楽人形という手前、踊りを舞い歌を歌うことが存在意義だ。
嘔吐でもしようものなら快楽人形の存在が無価値になるのであろう。
―――そんな猿芝居であと何分もつのやら…



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