女神の祈り

□覚悟の果て
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「アクマの魂が見える?彼らを救う?できるものならやってごらんなさイ!!♥エクソシスト!!♥」
伯爵はでっぷりとした巨体で軽々とボール型のアクマに飛び乗った。球状の体に針山のように突き刺さった銃身は一斉にアレンたちに向けられる。
だが、アレンの対アクマ武器によって矢継ぎ早に飛んでくる弾丸を一掃する。
「毒が効かないなら撃ち殺せばいいとでも?ナメないでください。さっきはジャンを庇う為に仕方なく撃たれたけど、その程度の攻撃じゃ僕は殺せませんよ」
アレンは勝ち誇ったように微笑んだ。
「対アクマ武器を発動した僕の左手は怪力と音速を誇る。アクマの弾丸もその硬質のボディもこの手の前では無意味。あなたの兵器を破壊する為に存在する。神の兵器です」
「ムウ♥ナマイキ。それでハ♥」
先端にカボチャの付いたピンクの傘を夜空へと掲げると、それは奇妙な音を発する。
「!?」
「東の国の諺を知ってまス?♥」
雲の切れ目から幾多の星が煌めいた。それは瞬く間に地面へと降り注ぐ。
「下手な鉄砲…数撃ちゃ当たル。アクマなんて腐るほどいるんですヨV♥」
伯爵の傍らで多数のアクマが浮遊する。
「いっけーーー!アクマキャノン!!♥」
アレンたちに次々と打ち込まれる弾丸。
「ジャン!墓地から離れるんだ!全部破壊する!」とアレンは颯爽とアクマへと駆け出していった。
「破壊…」
アレンの言葉がジャンの中で反響する。
―――AKUMAは伯爵の造った悪性兵器。人類の敵。壊さなきゃいけない存在だ。分かってるつもりだった。レオ…お前は母ちゃんの死がショックで心に闇ができたのか?ふたりでアクマのパトロールもしてた。千年伯爵が悪者だって分かってたはずなのに。なのに…お前は…伯爵を受け入れたのか?―――
「ばか…やろ…ばかやろうレオ…っ母ちゃんをアクマにしてまで…会いたかったのかよ…っオレはアレンみたいにアクマの魂なんて見えない。泣いてのかなんて、わかんねェよ。わかんねェけど…ちくしょお…ちくしょお!!!」
後悔しても遅い。そんなことはジャンは理解していたが悔やまずにはいられなかったのだ。
「ごめん、レオ。オレがお前に伯爵の存在を教えたせいだ…カラクリばかりで何も分かってなかった…」
しかしジャンの意志は強かった。
「壊してアレン!!!」
アレンは釣金の爪先でアクマを掻っ切った。
「おやすみなさい。この一撃で全て葬り去ります」
“十字架ノ墓(クロスグレイブ)!!”
その瞬間、アクマに十字架が刻まれると、光に包まれ全てのアクマの魂が開放された。
「チェッ♥」
と不満げに舌打ちを洩らすと、可愛らしい傘を広げ、伯爵はふわりと軽快に避けた。
「どうやら、このレベルじゃ相手にならないようですネ。また出直しましょウ♥」
「伯爵!!」
ふよふよと傘に掴まる伯爵とは対照的にアレンはいきり立つ。
「ですが、お前はまだほんの序章を見ただけ…世界でアクマは進化し続けていル。これからが本当の終焉劇の始まりでス♥」
「我輩はアクマ製造者、千年伯爵。汚れた【神】を調伏しアクマと共にこの世界に終焉(デス)に導く者。神の使徒エクソシスト、お前達がどう足いても世界を救うことはできませン♥」
―――絶対にネ♥ギャハハハハ♥
「ほんの序章…」
とつぶやくとアレンは糸が切れるように力なく地面に倒れ込んだ。
「アレン!?」
「ジャン…悪いけど医者呼んでくんないかな?」
「うわっスゲーぞ、血!!」
ぼやける視界の中で自分の手に水滴が落ちたのを、アレンは感じた。
「すぐ…ドクターを呼んできてやるよ…」
堪えても止めどなく思いは溢れ、止まる術を知らない。
「だから…ちょっと気絶でもしてて。すぐ終わるからさ…」
悲しいのか悔しいのか、ジャンは零れる涙の理由が分からなかった。胸が張り裂けそうで辛くて苦しいどうしようもない感情をただただ、吐き出したくなった。
月明かりだけが傷ついた彼らを、そっと包み込むように優しく見守っていたのだった。

 * * *

「全く、お節介なガキだ」
―――あんな甘いやり方じゃ、いつか身を滅ぼすことくらい目に見えてる。
若さ故の経験の不足なのか。
でも少なからずあの優しさに救われてる奴もいることも事実。
アクマの魂が見えるとか、ウィルスの効かない体だとか、何でもかんでも背負い込んでるように窺える。
何故、自己犠牲を容易くしてしまうのか。
「自分はどうなっていいってか」
―――あの真っ直で透き通る瞳。
今でも瞼の裏にこびり付いている。
ああいうタイプが一番苦手だ。混じり気のない純粋な心。何も言わせぬ雰囲気。
まるでこの場所のように。
俺はささくれた床に映し出された鮮やかな光を目配せした。
ステンドグラスから漏れ出す柔らな月光はまるで夢を見ているかのように見事なまでに幻想的である種の芸術作品に見えた。
俺は降り注ぐ光をただ見据える。
フードを目深まで被りコートを靡かせた。
ふと薄汚れたオルガンが目に留まった。随分、手入れをされていないのであろう、埃が溜まっている。
何の気なしに息を吹きかけると塵が舞い上がり、思わず俺は顔を歪めた。蓋を開けると白と黒の鍵盤がズラリと並ぶ。そっと指を押し付けると微かに鍵盤が軋んだ。
優しい音色が祭壇に響き渡る。
俺は取り憑かれたようにオルガンを弾き始めた。
何の曲かは分からないが、気が付いたら弾けるようになっていた。
すごく懐かしい気分になる。
でも何故か自分のものではないような不思議な感覚に陥った。
何故だか息苦しくてそっと鍵盤から手放す。
漸く平静を取り戻し、先程までの行動に内心で溜め息を零し、オルガンの蓋を閉めようとした。
突如、手を打ち鳴らす音が警鐘のように響き渡ったのだ。
「ブラボーー!!♥素敵なメロディーですねエ!♥」
扉を塞ぐように肥満体の男は立っていた。
「あんたが千年伯爵だって?」
「如何にモ。我輩が千年伯爵でーーース!!♥」
「何の用?」
俺は鋭い眼光を伯爵へと向けた。
しかし全く効果がないようで奴はニヤニヤ笑うだけだった。
「奇妙なガキと我輩を覗き見する躾の悪い仔猫に少し御挨拶ニ♥」
戦意は感じられないが禍々しいまでの殺気を放出される。
微動でもしたら切り刻まれてしまうと錯覚してしまうほどのものだった。
「まア、今日はこのへんにしておきましょウ♥それでは御機嫌よウ♥」
と言うとクルリと身を翻し、体型に似合わぬ軽やかなステップを踏みながら闇へと消えていった。




The end
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