女神の祈り

□マテールの亡霊
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「マテールの亡霊がただの人形なんて…」
シェイド達と供に荒野を駆けるアレンはポツリと洩らす。
岩と乾燥の中で劣悪な生活をしていたマテールは『神に見離された地』と呼ばれていた。
絶望に生きる民達はそれを忘れる為、人形を造ったのである。
踊りを舞い歌を奏でる快楽人形を。
だが結局、人々は人形に飽き外の世界に移住。
置いていかれた人形はそれでもなお動き続けた。
五百経った現在でも…
「イノセンスを使って造られたならありえない話じゃない。トマ、どうだ?」
「通じません」
そうしているうちに廃墟と成り果てた都市を囲うように高くそびえる丘の地を踏むと、その刹那、冷たい空気が漂った。
アレンの左目がピクリと動いた。
彼の異変に気付いたシェイドが問いかける。
「アクマが見えるんだって?」
「僕の左目はアクマが見分けられるんです」
正確にはアクマに内蔵された魂だけど、と付け足すとアレンは左目に触れた。
「呪われた目か…始まる前に言っとくぞモヤシ!俺はお前みたいに甘っちょろい考えは持っていねぇ。敵に殺されそうになっても任務遂行の邪魔だと判断したら、俺はお前を見殺しにするぜ!戦争に犠牲は当然だからな。変な仲間意識もつなよ」
淡々と神田は告げる。
そんな彼の割り切った考えが受け入れられずアレンは打ち返す。
「嫌な言い方」
彼らは更ににスピードを上げ坂道を下って行く。
「まだ通じないのか?」
「はい」
トマは受話器を片手間に疾走するが未だ返答がなかった。
「変だ。探索部隊は結界発生装置を持っている筈だ。生き残るくらいは可能だろう」
そして結界付近の所へと降り立った。
「装置はあそこです!」
トマが指差す先には4ヶ所に設置された結界発生装置はシャボン玉のような立方体を作り虹色に輝く。
装置ごと閉じ込めた中心には身を寄せ合う老人と子供がいた。
「マテールの亡霊か…」
「探索部隊の人達は…」
「結界発生装置はマテールの亡霊を守る為に使ったのです。あなた達エクソシストが到着するまで守る為に。」
「そんな…」
苦肉の策だったのだろう。
無情な事実にトマは歪め影を作る。
「最善の策だ」
神田の意見にトマは小さく頷く。
そんな同士の死を嘲笑うかのように矢継ぎ早に乱射された大きな爆発音を立てる。咄嗟に飛び込んでいくアレンだったが攻撃はひらりとかわされ呆気なく吹き飛ばされる。
その勢いで建物は粉砕し瓦礫に埋もれてしまった。
「あの馬鹿…」
思わず悪態をつく神田。
戦場で感情で動くことは死を意味する。
どんな状況下でもエクソシストは冷静であるべきであり、簡単に情を移したり自分勝手な行動で任務に支障をきたしてはならない。
できるだけ犠牲を少なくし戦力を確保するならば、円滑に任務を遂行することが最良の方法なのだ。
それでも目の前のものを助けたいという気持ちを捨てきれない…
「若気の至りってヤツかねぇ」
とシェイドは悲しげに零したが風が吹き吹けて誰の耳にも届くことはなかった。
暫く観察を続けたが、進化したばかりのアクマは初期レベルより格段に強くなってる上に自我を持ち始めた。
能力も未知の領域なのである。
命懸けで同士の守った結界もそう長くは持たないと判断した神田は、背負った刀型の対アクマ武器を引き抜いた。
「いくぞ六幻!」
鞘から引き抜かれた刀身は闇夜のように鈍く光どこかおぞましくも感じる。
神田が刃に指を添え滑らかになぞると鋭い輝きになった。
発動したイノセンスを携えると地を蹴った。
「六幻 災厄招来!界蟲『一幻』!!」
神田が飛び、刀を振り下ろすといくつも連なった虫のような生き物が赤子のように悲鳴を上げるアクマへと迫り、そして真っ二つに切り裂いた。
風となって素早くアクマを破壊する神田の後をシェイドは追いかける。
「あーっ!!?あと二匹いた!」
アクマも神田とシェイドの存在に気が付かなかったらしく地団駄を踏んだ。
刀を鞘に収めると地面に力なく横たわる探索部隊に神田は膝を付く。
「おい、結界発生装置の解除コードは何だ?」
「き…来てくれたのか……エクソシス…ト…」
息絶え絶えに話す彼はもう長くはないのだろう。
「早く答えろ。部隊の死を無駄にしたくないのならな」
「は…Have a hope 希望を…持て…だ!」
そして安らかな表情で眠りに着いた。
感傷に浸らず神田に続きシェイドは結界を目指す。
「おいお前」
解除コードを入力し終え結界が消えると神田は
シェイドを呼ぶ。
「俺はこっちを運ぶ。お前はそのガキを運べ」
「了解…」
半強制的ではあるが任務だから仕方ないとなんとか腹を括った。
「来い」
兎に角アクマから逃れるのが先決だ。
神田と二人で今回のターゲットを抱え、その場から跳躍し、遠く離れた建物の屋上へと着地した。
「助けないぜ。感情で動いたお前が悪いんだからな。ひとりで何とかしな」と流し目でアレンを見る。
「いいよ、置いてって。イノセンスがキミの元にあるなら安心です。僕はこのアクマを破壊してから行きます」
迷いのない若い瞳。
断言するアレンをもう一度神田は見て、シェイドが跳んだと同時に神田は駆け抜けた。
―――大丈夫だ、大丈夫。
確証はどこにもありはしないが、なぜだか彼なら大丈夫な気がしたのだ。
曇りのない銀灰色の瞳は黒ずんだモノを払拭できるくらいの何かがあるようだとシェイドは肌で感じた。
アレン・ウォーカーがそう遠くない未来で、神の武器を携えた黒い者になるであろうことはアレンおろか、シェイドでさえまだ誰も気付かない。
彼らの奥底に眠る本当の自分の真実を知るには、多くの犠牲払い悲しみを抱えながら闘わなければなければならないのである。
例えそれが彼らの望むものでなくとも。
交錯する運命は神のいたずらか―――
それとも―――

The end



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