女神の祈り

□子守唄を聴かせて
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その子は村人間達から迫害されて、亡霊が住むと噂されていたこの都市に捨てられた。
マテールの民が去って五百年…
人間が迷い込むのは別に、これが初めてではなかった。
確かこの子供で6人目…5人は私が「歌はいかが?」と聞くと突然襲いかかってきた。
「化物」そう言って私を叩きのめして、私は「歌はいかが?」と聞いたのに。
だから目の前の子供も私を受け入れてくれなかったら、殺すつもりだった。
5人のように…
―――私は人間に造られた人形。人形の為に動くのが私の存在理由。歌わせて!!!

 * * *

「あの日から80年…グゾルはずっと私といてくれた。グゾルはね、もうすぐ動かなくなるの…心臓の音がどんどん小さくなってるもの。最後まで一緒にいさせて」
彼が死んだら自分はどうだっていい。
長い時の中で人形の自分を受け入れてくれたのは彼だけだった。
だからこそ生まれてきた理由を果たしたかったのだ。
ただひとりの愛するひとの為に…
「最後まで人形として動かせて!お願い」
人形の切なる願いがアレンの胸に浸透していく。
しかしそんな願いが容易く伝わるはずもなく「ダメだ」という鋭い抗議が響いた。
「その老人が死ぬまで待てだと…?この状況でそんな願いは聞いてられない…っ」
「!」
「俺達はイノセンスを守るためにここに来たんだ!!今すぐ、その人形の心臓を取れ!!」
やはり傷が痛むのか冷や汗が神田の額を走る。
シェイドは何も言わずただ事の成り行きを見つけるだけ。
「俺達は何の為にここに来た!?」
「……と、取れません。ごめん、僕は取りたくない」
それでも拒否を続けるアレン。
「その団服はケガ人の枕にするもんじゃねぇんだよ…!!エクソシストが着るものだ!!!」
畳まれた団服を神田は乱暴にアレンに投げつける。
投げられた自分の団服を見つめて神田の厳しい言葉を噛み締めた。
「犠牲があるから救いがあんだよ、新人」
シェイドは目を伏せると哀しげに嘲笑う。
この子はまだ戦争の意味を理解してないのか。
いや、理解したくないのかもしれない。
若さ故に何かに反発してしまうのは仕方のないこと。
でも俺達はイノセンスに選ばれた〈兵士〉なのだ。
無益な死だって涙ひとつ流すことさえ許されない時だってあるのだ。
感受性豊かな子供に切り捨てろという方が無理があるだろう。
でもそんな優しさに救われている命もあるのもまた事実。
だからこそ必要なのではないかと彼のような…
「じゃあ僕がなりますよ」
そして神田はボロボロの団服を羽織り、刀を持ち立ち上がった。
自分達の希望を宿した人形に矛先が迫る。
かつて人間の為に造られ捨てられ、イノセンスという神の結晶に憑依された哀れな人形。
たったひとりの人間に愛された人形に…
「お願い、奪わないで…」
「やめてくれ…」
震える体を守るようにして抱きしめるグゾルと腕の中でひたすら命乞いを続けるララ。
「お願い…!」
助けを請う彼女は涙を流しているように見えたのだ。
まるでシェイドに、あなただけは分かってくれるとでも言うようで、無垢な彼らからどうしても目を合わせられなかった。
「じゃあ僕がなりますよ」
絶望に満ちた二人の前から刀が消え、あるのは揺らめく黒い何か。
アレンだった。
「このふたりの『犠牲』なればいいんですか?ただ自分達の望む最期を迎えたかっただけなんです。それまでこの人形からはイノセンスは取りません!僕が…アクマを破壊すれば問題ないでしょう!?」
「犠牲ばかりで勝つ戦争なんて虚しいだけですよ!」とアレンが言い切ったと同時に刀を放り投げ、ありたっけの力で呪いが刻まれる彼の左頬を殴った。
殴られた拍子に尻餅を突くアレンと崩れ落ちる神田。
「とんだ甘さだな、おい…可哀相なら他人の為に自分を切売りするってか…テメェに大事なものは無いのかよ!!!」
顔を背けるアレン。
殴られた痛みより遥かに痛いものがあった。
「大事なものは…昔、失くした。可哀相とかそんなキレイな理由、あんま持ってないよ。自分がただそういうコト見たくないだけ。それだけだ」
今更、後悔しても遅い。
後悔してもしきれないほどの罪を犯したのだ。
だからせめて目の前の幸せを見れたらと守れたらと、僕はちっぽけな人間だから、とアレンは呟く。
「守れるなら守りたい!」
アレンの決意は頑なものであった。
しかしそんな決意は脆くも崩れ去ることになる。



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