女神の祈り

□奇跡の花-前編-
1ページ/3ページ


マテールの任務が完了してから程なくしてシェイド達に新たな任務が言い渡された。
「奇跡の花?」
コムイの言葉にアレンは首を傾げた。
「そう奇跡の花!ボクも前から知ってたんだけど、これが凄いんだ!」
やや興奮気味に話すコムイを呆れたようにシェイドは早くしろとでも言うように睨みつけられ、コムイはそそくさとソファーに腰を下ろした。
「乾燥地帯のとある村で事件が起きたんだ。その村には大きな山岳があるらしく、登山家も多く訪れるスポットだそうだ。ある親子が登頂を目指していたんだが、運悪く雷雨に襲われ道に迷って遭難してしまったんだ」
「それで奇跡の花とどう関係あるの、兄さん?」とリナリーが問うた。
「話には続きがあってね、2日で帰ると言って荷物を置いていった彼らは10日が経過しても帰って来なかった。流石に気掛かりになった宿屋の主人は、警察に頼んで捜索が行われた。そして親子は無事に発見され命に別状はなく、意識もしっかりしていた…」
コムイは俯きながらなおも続けた。
「そして父親は言ったんだ。」
『私達は本当に幸運だった。食料が尽きて絶望の縁にいた私達を救ってくれたのは一輪の花だった。この花はまさに希望の光だったんだ』
この証言から親子に花の特徴を聞き出し探索が開始された」
次々に響いてくるコムイの説明が子守歌のようで、不謹慎にも出てしまいそうな欠伸を必死に噛み殺して、アレンに資料を凝視する。
「遂に花は発見され世界的に権威のある学者が解析したところ、この花には、細胞を活性化させて壊死した箇所を修復できるという新たな発見がされたんだ。彼らは敬意を表し“奇跡の花”と呼んだ。これは生命科学に生かせるんじゃないかって医師は勿論のこと、ボクみたいな科学者も注目してる」
だからコムイさん嬉しそうだったんですね、とアレンの横でリナリーが疑問の色を滲ませた。
「でもそんな素晴らしい科学的発見なら私達を回すより探索部隊を派遣した方が効率的じゃないの?アクマの討伐ならともかく…」
「う〜ん、それがそうもいかないらしいんだ」
「どうして?」
「その村で奇跡の花が大量発生したそうだ。文献によると本来、奇跡の花は山の頂上の岩壁にしか植生せず、収穫できるのは極わずか。土壌と気候条件が揃わなきゃ生える筈がない。だから教団はイノセンスの可能性が高いと踏んで探索部隊を派遣したんだ。けど…」
「けど?」
「派遣したはずの探索部隊からの連絡が途絶えてしまった。だから俺達エクソシストが調査し原因の究明を急げ、ってことで合ってる?」
「あ、ああ…合ってるよ」
予測でもしたかのように狐に摘まれた顔をしたコムイはシェイドを見た。
「そういうわけでキミ達には、探索部隊と合流し、真相を探ってほしいんだ」


―――とは言われたけど、長引きそうな気がするんだよね…
「すごいわ…この奇跡の花って。風邪や下痢など軽い病状から様々な感染症にも有効で外用薬にも使用されるって」
「そうなんですか!?」
「そうなんですかって、アレンくん聞いてなかったの?」
「すみません…」
「任務内容を把握できてなきゃ命を落としかねないよ。今は誰かがいるからいいけど人をアテにするのはよくないよ」
「はい、以後気をつけます…」
しゅんとうな垂れるアレン。
お灸を据えられた新人にシェイドはそっと嘆息を洩らした。
「あのさ、薬だからって良薬とは一概には言えないよ」
疑問を散らす二人を無視してシェイドは質問を投げかけた。
「シェークスピアの三大悲劇のひとつ、ロミオとジュリエットは知ってるよね?」
唐突な質問に驚くリナリーは答える。
「ええ、勿論。結局お互いに結ばれない悲恋よね。小さい頃に読んだけど未だに大好きだわ」
両手を合わせ恍惚と遥か遠くを見つめるリナリーをアレンは温かい眼差しでそっと見守っていたがうら若き乙女のテンションは急降下しみるみるうちにリナリーの頬は熱を帯びていった。
少女の初々しい反応などに眉尻ひとつ微動だにせずシェイドは淡々と述べたのだ。
「親友を殺害され、復讐にジュリエット母親の甥を殺害したロミオは、ヴェローナの大公に追放されてしまった。悲嘆に暮れるジュリエットに大公の親戚との結婚が命じられる。彼女の助けを受け入れた修道僧は仮死の毒をジュリエットに飲ませた。計画は追放されたロミオには伝わることなく、彼はジュリエットの墓の前で毒を飲んだ。そして仮死状態から目覚めたジュリエットはロミオの亡骸を見て、胸に短剣を突き刺して彼の後を追った」
「でもどうしてロミオとジュリエットなの?」
「この作品に登場する毒は、マンドレイクという植物で別名はマンドラゴラ。ナス科のマンドラゴラ属で地中海から中国西部にかけて生息し、薬草として用いられ、魔術や錬金術の原料として登場した。根茎が幾枝にも分かれて、個体によっては人型に似ており、幻覚や幻聴を伴い、時には死に至る神経毒が根に含まれる。根に数種のアルカロイドを含み、麻薬効果を持ち、古くは鎮痛薬、鎮静剤、瀉下薬(下剤・便秘薬)として使われたけど、毒性が強く、幻覚、幻聴、嘔吐、瞳孔拡大を伴い、場合によっては死に至るため、今は薬用にされるのはほとんどないね。ジャンヌ・ダルクが魔女とされたのもこの根茎を持っていたためだと謂われているよ」
「へぇ、」
膨大な情報に舌を巻くアレン。
「四大元素を再発見した有名な医者の言葉にこんな言葉がある。『毒は薬なり』どんな有効な薬だって用量を間違えれば毒にだってなることだってあるんだ。薬はね、薬理作用とともに毒作用もあって、なかには常用すると中毒症状を起こし、禁断症状で苦しむものもあるんだ。薬と毒は紙一重。あんまり過信するのはいかがなものかな」
感心の眼差しでシェイドを讃え、ゆらりと動く長い睫毛がアレンとリナリーを魅了する。
「今回の任務、一筋縄じゃいかないかもしれないよ」と妖しげに艶やかな唇を歪めコートを翻した。



†‐†‐†
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ