雨露
□序
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雨粒は、きみとぼくを濡らしてゆく
もう一度、抱きしめて
銀時と会うのは月に数回。会えない月もある。
その少ない逢瀬を、銀時はすぐ行為で浪費しようとするから手に負えない。ヤるのが嫌なわけじゃなくて、いや、下のときは死にたいほど恥ずかしいんだが。
デートがしたい、とかそんな女みてぇなことは思わないが、もっと何か、話したいことやしたいことがある気がする。それでも会って誘われたらむらっとする自分も大概即物的だ。
「痩せた?」
今日もまた肌を重ねて、下の日は腰が痛くてだるくて仕方がない。
チャイナも眼鏡もいない万事屋の薄い布団の上、銀時はそんなオレの胸に頬をつけて、腰をいたわるようにさすっている。
「…知らねえ」
「食ってないだろ、三食」
「知らねえよ。数えてねえ」
ふやふやと銀髪を梳きながら答える。差し入れた指に髪がくるりと巻きついてくる感触が楽しい。
「数えろよ!せめて食ったか食ってないかくらいわかれよ!」
「…腹減った」
「あーはいはいわかりましたあ。なんか作りますよ」
指からするりと銀髪が離れた。名残惜しいような気がしてシーツを摘むと銀時の顔が目の前に迫る。
「で、何食いたいの」
「…ぎんとき」
「えええ卑猥!土方くん卑猥!しかも銀さんが上の日じゃん今日、つーかそんなぼんやりした目で言われたらこっちが食いたくなるわァ!!」
「違うわァ!名前呼んだだけじゃァ!!もういいわ!もういいわてめえ!何でもいいからさっさと作れ変態が!」
「このタイミングで名前呼んだだけとかおかしいだろうがあああ!!」
「てめーが話しはじめる前にすでにオレの口は名前呼ぶ体制に入ってたんだよボケ!!」
「なんだよそれかっわいーな!」
「いいからはやく何か食わせろやァ!」
痛い腰にも構わず蹴りつけた銀時は、へぶし!というみょうな効果音とともに和室から飛び出す。
勤務後、溜まった書類を残して夕刻に来た万事屋の窓からは、まだ昏々と暗い空が見えた。
明日、いやもう今日だろうか、は、いつも通りに仕事がある。
銀時が戻るまで眠ろうと、思うまでもなく下がり始めていた瞼が完全に閉じる前に、銀時が和室の障子を開けた。
「ひーじかーたくん。…おりょ、寝ちゃった?」
寝てない、と返事をするより先に頬を撫でられて、その心地よい温度に目を閉じて身じろぎをする。
「とーしろー」
起こす気のなさそうな声音も低く耳に響いて気持ちが良い。
まどろんでいると、銀時の口付けが降って来た。
なんだこの恥ずかしい男め。女じゃあるめえし起きてるときに正面からやれってんだ。
まあこいつは寝ても覚めてもキスばっかりしてくるっつーかキス以上もしてくるっつーか。
「十四郎…」
「…っふ、…ぅ」
舌が舌を絡めとって絡めとられて、いやこいつ寝てる奴に何してんだ。息が、できな、い。
「苦しいんじゃボケえ!」
「うん、おはよ」
「…え、ああ、おはよう…?」
「でさ、飯、作ろうと思ったんだけどいまうち食料がなくてね」
「……」
「生クリームとチョコレートならあるんだけど、食う?」
「食うかァ!!つか、んなもんあるのに米すらねえってどんな状況じゃァ!」
「大食いチャイナ娘が家の食料すべてかっさらってったって状況だよ!米なんかなァあいつが一回食事するごとにほぼ全てなくなるわあ!!!」
そうだ、忘れていた。
今夜は眼鏡の実家に泊まっているチャイナは、それはもう破壊的な胃袋を持っているのだ。
「…オレよりもお前がちゃんと食事してるか心配だな」
「うん、まあ、今までなんとかなってるし。…で、何か買ってくるから、待ってて」
そう言って頭を撫でた銀時の手は優しい。
「…ああ」
「そんな顔しないでよ、すぐ帰ってくるからさ」「どんな顔だよ」
銀時が出て行ってすぐに携帯が鳴り、緊急召集という名目で呼び出されたオレは、銀時が帰って来るのを待つことも、ましてや手料理を食べることもできずに万事屋を後にした。
いつもこんなふうにオレ達は、互いの体温しか分けあえずに別れていく。、