短編小説

□色の無き夜泣き亡きを憂う
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 隊服の袖を生ぬるい液体が伝って、地面へと落ちた。

「……ちっ…」


 舌打ちをしてばっくりと斬れた隊服とそこから覗く腕を忌々しく睨む。

(なんだこの程度で血なんか流しやがって)



 襲撃には成功した。
 会合に参加していた攘夷浪士は一網打尽にし、こちらの犠牲は皆無に近い。

(左なのがまだ救いか。二、三日すりゃ動くだろうし。…それまで山崎をぱしらせりゃあ良い)

 宵闇に紛れるような真っ黒な隊服が返り血を吸って重い。

 傷を負ったのを隠して、煙草を買うからと先に隊士を帰したので土方は一人だ。
 せめて止血はするかと、スカーフを襟元から抜きとり腕に巻き、片方の端を口にくわえて縛る。

(医者なんて言われたら面倒だからな)

 きゅう、とさらにきつく結び目を絞り、口を放す。スカーフにはすぐ血が染みついて、余計に重傷に見えなくもないが仕方ない。

(帰ったら風呂入りてえな…。血は流してえ。でも傷がばれるか)

 隊士達とて返り血を散々浴びたのだ。風呂はきっと満員に違いない。ならばホテルにでも行き、風呂だけ入り帰ろうかと思いそちらに足を向けた瞬間に光がちらついた。

(ーー刀の色!)


 その銀に向かって抜刀し右手だけで振り下ろすと、いとも簡単にそれは受け止められた。
 鈍く光る刃ではなく、艶の無い木刀によって。

「あああぶねっっ!!!なんなのこの狂犬!」

 見知った相手である万事屋の主人の、その銀髪が刀の色に思えたのだ。
 納得してから土方は刀を退いた。

「紛らわしい色しやがって…」
「はああ!!?いきなり人に斬りかかって来てそれですかこのやろー」
「てめえがこんな時間に外出歩いてんのが悪いんだよ。…ガキがいんのに夜遊びか」

 良いご身分だな、とささくれた笑いを浮かべる。万事屋の色は、土方の目には目立ちすぎた。

「今日は銀さん今まで仕事でしたから。…ま、神楽は新八んとこだし、遊びに行こうと思ったのはそーだけどな」
「は、大枚はたいて見ず知らずの女買うなんざ気がしれねえな」

 暗い道のことだ。おそらく万事屋に傷はばれていない。何か言われる前に去ろうと、土方はホテル街へ顔を向けた。

「…おーぐしくん」
「んだよ。言っとくがオレァ女抱きに行くわけじゃ…」
「たぶんどこ行っても入店拒否られるよ」

 なんでだよ、と言うとひょいと隊服の裾を摘まれた。

「目ェ慣れるまでわかんなかったけど、真っ赤じゃん」
「赤…?」

 赤は血の色。

「隊服が。こんな血塗れの野郎一人じゃいかがわしい店だろーがなかろーが入れねえよ。大人しく屯所帰れば?」

 右手で隊服に触れれば、くちゃりと音がした。よくよく見れば歩いて来た道程に点々と血の道ができている。


「……風呂」
「いや風呂屋はもっと入れてくんねえよ、つーかこんな時間に空いてる風呂屋って女の子とあはんみたいなとこしかねえだろ」
「貸せ」













 土方の横暴な依頼に悪態をつきながらも存外あっさりと銀時は家の鍵を渡して来た。

「…鍵かよ。勝手に入っていいのか」

「だって銀さんの愚息が安心して日頃の疲れを吐露できる穴を掘りたいって」
「きめェ」
「うるせえ鍵返せ金よこせ」

 鍵を掌で握り込むと血のぬるついた感触がした。

「依頼料はきっちり払ってやるよ」
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