短編小説

□雨期夜双―うきよ、そう―
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 銀さんは老若男女誰からも好かれる。とくに依頼主からは格別に。
 最終的にはすごく頼りになる人だからみんなが銀さんを慕うのはわかるし、なんだかんだ言ってみても、銀さんが好かれているのは僕だって嬉しい。

 ただ、土方さんは、寂しかったり不安だったりしないのかな、と思う。
 銀さんはその場の雰囲気に流されるようでいて流されないようでいて、情にほだされてしまうところがあるから。


 銀さんのいない居間でうすいお茶を啜りながら、帰りを待つ土方さんはいつも寂しい。
 土方さんが仕事続きで会えない日は銀さんだって寂しそうだけど、銀さんは自分から仕事先まで押しかけたり僕に向かって会いたい会いたいと騒いで気を紛らわしたりしているから。
 土方さんのような圧倒的な孤独を感じることはない。

 寂しかったり不安だったりしているのに、土方さんは言えないんだな、と思う。


「オレァもう行くな」
「え、銀さん帰ってくるまで待たないでいいんですか」

「…ああ、いい」

 懐手をした左手で前髪を無造作にかきあげたとき隠れた表情。その一瞬でしか土方さんは悲しそうな顔をできないんだろうと思うといてもたってもいられなくて、でも僕にできることなんて何もない。

「…そうですか。何か、伝言とか」
「オレが来たことは、言わなくていい。…たぶんあいつは聞きたくねえから」

 はじめて見た土方さんの笑顔は可哀想なほど痛ましくて。
 僕の頭に手を置いて、邪魔したな、と、本当に自分を邪魔者のように言う。

 銀さん、いま、帰って来なくちゃ、土方さんは帰ってしまう。


「あの…」
「じゃあな」


 土方さんの掌が頭を離れて、それが嫌で。僕が神楽ちゃんだったら嫌だもっと撫でろとでも言えたのに。僕が銀さんだったら、帰らないでと言えたのに。


 夕方、赤と紺のグラデーションのなかに土方さんはあっという間に消えてしまった。
























「あれ、マヨラ帰ったアルか」
「…あ、おかえり神楽ちゃん」
「言われたとーり広告の品を買ってきたネ!」
「うん」
「どうしたアル新八。しけたツラして、いつものダメガネがダメガネネ」
「結局ダメガネだね。…うん、僕はダメガネだ」

「ぱっつぁん…?」

 ゆっくり首を傾げる神楽ちゃんは、マヨラにいじめられたかと言ってぱんぱん肩を叩いてきた。

「あいつニコチンコだから気にするなヨ。チンコ二個あるネ。タカチンコより酷いアル」
「土方さんは良いひとだよ」
「ふん。まあ銀ちゃんにはチンコ二個あるくらいがお似合いネ」
「てゆーか女の子がそんなこと言わないの!」

 僕も神楽ちゃんも、土方さんと一緒にいるようになってから銀さんが以前と変わったのを感じている。もちろん良いほうに。

「神楽ちゃん、銀さんの依頼って何時に終わるのかな」
「知らないアル」
「はやく帰って来れば、土方さんに会いに行けるのに」

 今日の土方さんの危うさときたら。いつもあんなに厳しい人が。
 銀さん。

「あいつらなら大丈夫ヨ。いつもうざいくらいいちゃこらしてるアル」

 僕たちにとって銀さんはヒーローで、それは土方さんにしたって同じだった。

 だからわからなかったんだ。


 ヒーローは誰かひとりのために存在しているんではないってことに、気づけなかったんだ。

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