短編小説

□あなたに夢はない
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 一緒にいたというのは、それだけで何か意味を成すものではないのだとわかっていたつもりだった。
 一緒にいるというのはただ状況なのであって、そこからなにがしかの感情だか行動だかが生まれなければ、結果がなければ、一緒にいる意味なんて全くないのだ。

 そこに二人の人間がいるという、ただそれだけのことに変質してしまうのだ。

 だから沖田は、幼いころからずっと同じ場所で同じ空間で生きてきた土方が、ぽっと出の男に惹かれていってとうとうまるごと惚れてしまうまでの過程を誰よりも間近に眺めながらも、そういうことだ、と冷静に思っていた。
 土方を好きなのかと問われれば、違うと即答できる。
 それが沖田と土方の全部であるといえば、そうだった。

 二人は二人一緒にいながら、彼らの間に何かが生まれることはついぞなかった。
 一方的な憎しみ、憧憬、庇護欲、悔恨。それらはちぐはぐにちぐはぐに互いの感情として浮かんでは消え浮かんでは消えて、咬みあうことはなかった。

「だからどうってこともねえんだけどな」
「そ」

 自分でもとても青臭い話をしているなあと思いながら、沖田は隣に座る神楽に向かってぽとんぽとんと言葉を落とした。

 結局何が言いたいのかといわれてしまえば、結局何も言いたくない。
 土方と沖田がお互いに一定の感情しか持ち合わせないことにも、土方が銀時に惹かれていったことに対しても。
 それなのに神楽に向かってこんなふうに話をしている自分は、本当に結局何がしたいのか。

「春はいけねェや。変に色々考えちまって」
「なにも考えてないアル。バカがぺらぺら寝言いってるだけネ」

 公園のベンチに体育座りで座った神楽は、唇をつきだした不満顔で前後に体を揺らした。
 新しくはないベンチが不安げにきしむ。

「ああ、そういやァ今年は花見に行ってねえな」
「おまえら恒例行事じゃなかったアルか」
「いつも行く時期に、今年はまだ咲いてなくってな。もう繁忙期に入っちまったから花見行く余裕はねえだろ」

 昼間から公園のベンチでサボりを決め込んでいる沖田の口から、繁忙期だの余裕がないだのと言われても全く説得力がない。
神楽はベンチを揺らすのを止めずに相づちだけで応えた。返事のあとに、半眼にしかめた目で公園を見る。
 砂場で数人のこどもが砂山を作っている以外に人気はなく、静かなものだ。
砂場とブランコ、ベンチがあるだけの公園。桜の樹もない、中央に細い松が植わっただけの、春めいた所のないちいさな公園だ。

「花見なんか行かなくたっていいアル。どうせ来年も咲くし」

 そう言って神楽は顎を膝に乗せた。腕にもたせかけて差していた傘がはずみでバランスを崩して、沖田の右眉よりすこし上にこつんと当たった。

「あて」

 音よりも痛い衝撃に、沖田は額をさすって神楽を見た。素知らぬふりの神楽は春の陽光を浴びていっそう白く、冬の長袖から衣替えをしたばかりの赤地の中華服から伸びた腕はなんとも細い。

「お花見行ったって、姉御の玉子食って銀ちゃん酔っぱらって新八メガネで、それで終いネ。なんも普段と変わらないアル」
「おいチャイナ」
「なんだヨ。いっとくけど最後の酢昆布はやらねーからな私んだからな」

 傘をさしなおした神楽の顔が陰になる。
 春の匂い、というのはたとえ桜がなくとも何がなくとも感じられるものだ。淡い暖かさに指先が緩んで、沖田は神楽の傘の端を持ってついと上へあげた。

「キスでもしてやろうかィ」

 言った端から言葉がぽつりぽつりと意味を落として、神楽が不機嫌な顔を向けるころにはそれは朝の挨拶よりも軽薄な思いしかない科白になっていた。


「何ソレおいしいの」
「身持ちの堅ェこって」
「お前とキスするくらいなら銀ちゃんとしたほうがマシネ」

 神楽の答えに、は、と笑う。案外渇いた笑い声が出た。
傘にかけた手を離してベンチに思い切りよりかかって空を仰ぐと、薄い青が遠くにぼやけた色で広がっている。

「旦那に頼めばキスくれえしてくれんだろィ」


 ぽかんと空を見上げたまま言うと、神楽の傘の先が先刻とは比べようもないくらいに鋭く強く、額に振り下ろされた。
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