リクエスト小説

□白昼夢
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 ながいながい時間を一緒にすごしてみると、ふいに、おやまあこいつはこんな顔だったか、と思う瞬間がやってくる。慣れていたものだからもう特別意識して見ることもなかったその顔に、ふいに新鮮な驚きを覚えるのである。
 いま、土方は坂田銀時に対してそういう感情を抱いていた。
 まったくもって唐突に。

「おまえ」
「あいー?」

 万事屋の机を挟んで向かい合った状態で、ふたりはおのおの好きな姿勢でくつろいでいた。
 銀時はずるずると沈みこむようにしてかろうじてソファーに座って、つけっぱなしのテレビに時々ぼんやりとした視線を向けながら、胸に置いたジャンプを読むともなしに読んで、土方はごく一般的な座り方でソファーに腰掛けている。
 正面に座る土方がいつになくまじまじと自分の顔を見つめているというのに銀時は気にとめる様子もなく気がつく様子もなく、力の抜ける声で返事をよこした。

「二重なんだな」

 土方もさして重要なこととも思っていないので、明日は晴れなんだな、マヨネーズはうまいな、くらいの平坦な口調で言った。
 わざわざ言うこともなかったのだがこの些細な発見をちょっと誰かに言いふらしたかったのである。

「ちょー信じらんなーいいまさらー」
「なんだソレ」
「いや今久しぶりにテレビでイッコーさんを見たから」

 ソファーから半分落ちている銀時は、そのままずりずりと下方へ移動して、机の下をくぐって土方の側へと這ってきた。そののんびりだらりとした動きを経て机の下からのぞいた銀時の顔は、どうも見慣れたいつもの顔である。
 新鮮さというのは蘇ってもやはりすぐ失われてしまうものらしい。

「なに?二重?」
「オレおまえ飽きた…」
「ええー。いまの話の流れで飽きたと来たよ。なにこいつ。てゆーか飽きるっつったらオレのほうじゃない?土方くん思考回路ワンパターンだし」
「オレ今までおまえに飽きたって言ったことあったか」
「いやない…あれワンパターンじゃねーじゃんなんかあたらしい風吹いてんじゃん。なに浮気?太った?」

 土方の座る横に、銀時は相変わらずだるだるとした仕草で頭を置いた。横向に乗せた頭をテレビに向けるか土方に向けるか、数度ころころと転がしてから、土方のほうを向いた。土方はそちらをちらとも見ずに、呟く。

「健康診断前に一度歯医者いかねーとなー…」
「ガン無視だよ。自分でふっといてガン無視だよこいつ」
「歯医者…」
「独り言でへこむなよ。てーか健康診断なんてあんの」
「そりゃ義務だからな」
「義務なんだ…。え、それってうちも?万事屋も?」
「つかんなとこで労基法守るならオレの残業時間どうにかしろよ管理職っつったって残業代ほしいわ」
「ダメだこいつ話聞いてねえよコミュニケーション能力ゼロだよそんな無視してるとちんこ舐めるぞこら」
「あ」
「え?」

 ちんこを舐める気などさらさらない銀時は、まさかやる気になってしまったのかとめんどうくさそうに土方を見上げた。
 その銀時をまっすぐに見ながら、目は合わない微妙な位置に視線を置いた土方がほう、と息をもらす。

「眉毛が白い」
「うん…いいけどね、興味ないならいいけどね。いまさらすぎるよね気づくのが」
「根元から白い。あ、まつげも白い」

 土方は普段冷めた態度を示すわりに、興味をもったことには自分が納得するまでつきつめていくところがある、と銀時は思っている。
 知識欲とでもいうのか、とにかく彼の中の何かが満たされればおとなしくなるのだと知っている銀時は、ぶつかりそうなくらいに顔を近づけてくる土方の気の済むままにさせておく。

「…へえ…ほんとに全部、銀色なんだな」

 ひそやかな呼吸音にまじえて指が銀時の頬に伸ばされた。何に対してか感嘆する土方が間近で見る銀時の顔と、同じ距離で銀時は土方を眺める。
 無抵抗に髪やらまつげを触られながら土方の真っ黒な瞳にうつりこむ自分の姿や、その瞳を縁取って影を落とす長いまつげをぼうと見ていると、なじんだそれらが一瞬自分から切り離されたようなそんな気がした。

「毎日ひじき食ったら黒く…」

 言いかけた土方に手をのばして頭をつかんで、その形のいいまるみがきちんと手におさまることを確認する。いつもの土方であることを確認する。

「んだよ。おまえひじき…」

 土方の頭を引き寄せて、また何をか言う声を飲み込むようにキスをする。

「オレ、土方くんのことが一番好き」

 ぼんやり言うと、土方は呆気にとられた顔をした。

「一番好きだわ、おまえのこと」

 くりかえすと、土方はぐ、と眉間にしわを寄せた。きめの細かな膚が一連の運動によってなめらかに波うつさまに目が奪われて、表情のつたえる信号をうまく受け取れない。

「なんの一番だよ」
「…わかんない。でも、まつげの先まで好きだ、なんて思ったのはじめてだよ」

 銀時がもう一度キスをしようとして首をのばしたが、土方はそれをとどめた。
 とどめたまま数秒間しぶい表情を保って、保ったまま何か思案するようにおし黙る。

「バカだな、おまえ」

 沈黙のあとに訪れたのはすこしばかり優しげな罵倒。

「おまえの方がずっときれいなまつげしてるの、知らねえんじゃねえの」

 バカだな、と土方はもう一回だけ笑った。





 

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