リクエスト小説
□追憶の最愛
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「土方十四郎を、斬ろうと思っています」
「うん。そ。いっとくけどここは万事屋であって殺し屋じゃねえからね。手伝わねえよ」
わかっています、とソファに座った男は言った。
来訪者は過去と死を連れて来る。かつて同じ戦場を駆けた彼は、もうどこか遠い。
「桂さんが、教えてくれました。白夜叉はここにいると」
「あっそ」
「戦地にいる期間こそ短かったけれども、あの男、土方は、確実に攘夷志士として戦場にいたように思います。あの男が死んだと言ったのはあなただ。あなたは戦争が終わってすぐ姿を消したが、今でも我々の英雄です。あなたの言葉は信じたい。あなたが死んだというのならそのままにしておいてもいいのかもしれない」
身綺麗にした男の様子が、彼の覚悟を示していて寂しい。
どちらかの死、しか結果は残らない。
「…じゃあ、そのままにしとけば」
「あなたほど無関心にはなれない。一体何人の仲間の死の上にあの男が胡座をかいているのかと思うと、悔しいんです。体制に寝返った奴が憎いし、仲間を斬ったのだと思うと殺してやりたい」
銀時はそうか、とだけ言った。
こうした来客は頻度こそ多くはないが途絶えることもない。
水際で桂が止めてくれているのだろうと思わせる数だったが、頭目の桂ですら引き留められなかった彼らの決意は揺るがない。
土方に一矢報いんとする彼らが銀時を訪ねて来るのは、銀時が土方を庇う言動をしたからという以上に、かつての白夜叉に会うことで自らを鼓舞する意味合いも多分に含んでいると肌で感じていた。
だから銀時はなるべく制裁に対して冷淡な態度をとる。
彼らの怒りを取り除くことはできなくとも、土方へ向かっている悪感情が翻って自分へと降りかかればいいのにと思いながら、そうする。
「でもよ、仲間の死体の上でけらけら生きてんのは、オレだっておまえだって同じことだろ」
男は自分の膝をみつめて拳を握った。
「そう、それはその通りです」
「それにあいつを斬って、いまさら斬って、また戦争でも起こしてえのか」
それは違うと、男は勢いこんだ。
「これは結局私怨なんだと思います。桂さんにも何度も諭された。復讐でこの国は変えられない。でもこのままあの男が、真選組が作り上げた世界で生きていくのはもう息が詰まるんです。あんなに必死になって護ろうとしていたもの全てを否定されたようで、オレはもう、嫌なんです。オレだって仲間の死体の上で生きているとあなたは言う。その通りです。だからもう終わりにしたい。でも仲間たちの死によって支えられている命を、簡単に手放すことはオレにはできない。だからオレは結局、あの男を殺したいのと同じくらい、あの男に殺されたいんだと思います」
だから、と男は続けかけて、でも、と言い直した。さらに言いつのろうとして、言葉を詰まらせてついにはたりと涙を流した。
「……オレたちが死にたいほど苦しかったとき、助けてくれたのは、いつもあなたでした」
男の独白を聞き流せるほど銀時も彼らを過去にしてしまえたわけではない。
泣く男を前にぎょっと目を見開いた銀時は、内心、そういうことかと得心した。
(つまりオレと土方は、そういう役割を割り振られてる)
どちらにしても同じ弱さを持つ人間とは扱われていないのだ。
哀れを誘う男の言い分には、銀時だって切なくなる。
けれども彼にとって土方は悪の者で、だから苦しい自分を殺せばいいと言う。土方がかつての仲間を斬る痛みには頓着しない。
反対に、彼にとって銀時は善の者で、だから背信の徒である土方を憎むことだって出来るだろうと言外に言うのだ。土方がかつての仲間であることに対する銀時の苦悩には頓着しない。
(それを言わせてるのはオレ自身なんだろうけど)
細くため息を吐いた。過去の自分が、男に期待を抱かせているのだ。
(…ため息吐きたいのは土方の方だ)
銀時は窓を振り仰いで外の光を眺めた。
(土方はずっと加害者でいることに甘んじてる)
裏切りのあの日に、銀時が土方を断罪していればこんなことにはならなかっただろう。
被害は最小限で済んだはずなのだ。
今からでも遅くはない、という気がした。
(こうして今も何もしないのも、結局は土方を斬る、ことから逃げているだけなんだ)
過去を清算するための殺生はしたくない。
殺す相手が土方であろうと誰であろうと、銀時の世界を踏みにじらないのであれば斬りたくはなかった。
でもそうして逃げることで、一番傷ついているのは土方ではなかったか。
(だってあいつは、振り返らなかったんだ)
それは、と銀時は思う。
(それは、あの無防備な背中を斬ってほしかったからじゃないのか)
こんな風に役割を振られることに疲れないわけがない。ましてや土方は、否応なしに仲間を斬らなければいけない立場に、裏切りのあの日からずっと立たされ続けているのだ。誰に何も言えないままに。
自分で選んだこととはいえ、仲間を斬ることに苦しまない夜があるはずがない。
「……なあ、」
銀時は、男の頬を伝う涙のひと滴を見た。
泣くこともできない土方を思うと、怒りがわいた。それは自分自身への苛立ちだ。
「おまえ、ミルク味の飴、好き?」
立ち上がって机の引き出しを開けて、一番上の段にしまってあるとっときの一粒をつまんだ。
「やるから、今日は帰んな。おまえを助けてやる気はねえけど、このままじゃあオレも、うんこが尻につきっぱなしなみてえで気分が悪いわ」
男が、はっとばかりに銀時を見た。
その瞳の奥の光を遮るように、銀時は手で男を制する。
「てめえのうんこの処理くれえ、てめえでしろ。オレはオレのことにしか責任は負えねえよ」
包装紙をはがして飴を口に含むと、ぼんやりした甘さが口に広がった。
――土方十四郎を、斬ろうと思っています。
鬼を斬ろうと、思います。