リクエスト小説

□追憶の最愛
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 夢を見た。
 銀時はうすく夢のなかに浸った心地で目を擦ると、万事屋の窓から昼の光を見た。
 夢と過去の残像を反芻する。

 記憶にこびりつくいくつもの凄惨な景色のなかで、その光景だけは絵画のように閑かな光を湛えていた。
 後ろ姿から感情は読み取れない。戦場に吹く強い風に、煤けた大気に、負けずにまっすぐ土方は立っていた。その手の鋼が、彼の足元に崩折れた彼の仲間たちの命を奪って光っている。
 その後ろ姿を見たのは銀時ただ一人だった。
 まぶたに浮かぶのはその止め絵だけで、それより後のことはだれかの手記でも読むように実感うすく思い出された。

(綺麗だった)

 銀時は常に孤独だった。周囲に孤独を強要されていたし自ら望んでもいたのだと、今さらながら思う。絶対の強さは他者との隔絶を暗に意味していたし、そうであることを良しとしていた。そうすることで辛うじて、立ち位置を確認していたのだと思う。
 銀時の視界に人の姿はなかった。銀時の役目は導くことで、孤独を感じるのと同時に、背後に信頼と期待の影をいつも感じていた。
 だが、そうだとしても、結局それは背中ごしの感覚でしかない。

(道標に見えた)

 銀時は、土方の後ろ姿を見た。長い髪が光をまとっていた。
 裏切りなのだとわかっていた。地に伏した仲間たちを、命のない器にしたのが土方なのだとわかっていた。

(……オレは土方を粛正するべきだった)

 頭で理解はできても、どうしても納得できなかった。
 まっすぐ立って振り向かない土方の強さに、なぜ自分が刀を振り上げられるのだろう。
 師の遺した世界に縋りつくだけの自身を無言で拒否されたようで、銀時はただ土方の後ろ姿見つめることしかできなかった。

(待ってほしかったんだ)

 銀時は、今でも思う。

(認めてほしかった)

 認めてほしかったもの、それが、命を奪うことでしか自己を保てない白夜叉という生き方の有り様を、なのか、本当は脆弱でしかない坂田銀時という存在をなのかは、未だにわからない。
 確かなのは、振り返ってほしかったということだけだ。
 己の正義を貫くために罪を犯した土方の方が、正義の存在を信じられず裏切りを罪と断じられない自分よりよほど強いと、思わずにはいられない。

(振り返って、ほしかった)

 手に手を取って逃げだそうと思えるほど、銀時は戦争に未練がなかったわけではない。
 仲間を斬った土方を笑って赦せるほど感情が鈍磨していたわけでもない。

「……頼ってほしかった」

 言葉にすれば簡単なことだ。
 夜叉と恐れられていた自分が実は何の力も持たないことを銀時は知っていた。
 手に手を取って逃げだそうと思えるほど戦争に未練がなかったわけではない。
 仲間を斬ろうとする土方を笑って許せるほど感情が鈍磨していたわけでもない。
 だが、土方が内心を打ち明けて来たのなら、そして、すこしにっこり笑ってでもくれたのならば、銀時はおそらく土方を助けてやっただろう。
 その過程のなかで、土方が戦争に参加していた事実を知る者たちの殲滅が必要になったならば銀時は刀を取っただろう。

(オレは、)

――今も昔も、おまえが好きだよ。

 銀時はまたまぶたを閉じた。

(綺麗だった)

 背中に落ちた長い髪が、風に揺れて光をはじいていた。
 それはそれは美しい光景だったのだ。
 何を見ても、何を感じる感受性も失いつつあった銀時が、白夜叉が、おそらくその時人になれたのだ。

(だからこそ)

 銀時はその時土方を斬るべきだったのだ。
 午睡のまどろみの中、音高くチャイムが響いて来客を告げる。
 臭いでそれと知れる不吉な来訪者によって、まぶたの裏を灼く追憶の光景は鮮やかさをいや増した。
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