リクエスト小説
□追憶の最愛
6ページ/9ページ
++++
夜の訪れは早い。
冬の夜はどの季節のそれよりも深く、青く、暗い。
虫の知らせとはよく言ったもので、なにか不吉な予感を感じて土方は屯所を出てひとり、夜道を歩いていた。
悪い予感がして部屋に立て籠もるほど土方は腕に覚えがないわけではない。
煙草の灰を落として、懐手のままそれでも腰の刀にいつでも意識は置いていた。着流しに羽織の軽装は、隊服に比べても動きの自由度は高い。
だから、まさか襲撃者にあっさりと後ろを取られるとは思ってもいなかった。
その気配は濃密すぎるほどだった。
四方から感じる圧力はひとりの人間の発する物だとわかるのに、自らを取り巻くように全方位から感じ取れた。
まるで相手の掌の上に落ちてしまったような錯覚にぞっとして抜刀しかけた瞬間、首筋に硬い感触を受け取った。
夜の訪れは早い。
「よ」
かるい挨拶に返す言葉もない。
「……よう」
おうむ返しに答えると、襲撃者は笑った。
「落ち着いてんだな」
そう見えるのならば、銀時の目は救いようもなく節穴だと思った。
覚悟はずっと前からしていたからいまさら闇討ちに狼狽えることはないが、その相手が銀時であることに、真実動揺をしないでいられるわけがない。
そういうポーズを取るのがこの数年の内に上手くなってしまった。それだけのことだ。
「てめえこそ、随分夜這いに慣れてるじゃねえか」
「たりめーだろ。土方くんをいつ襲おうか、ずっとムラムラしてたんだから」
落ち着いているのは銀時の方だ。
土方は責めたいような気分だった。こんなに簡単に土方を殺せるのなら、なんで今の今まで放っておいたのだ、と。
「言っておきたいことでもあったら、聞くけど」
銀時が握っているのが木刀であることは温度と硬度でわかる。だが彼にかかれば木刀で人は斬れるし、そうでなくとも成人男子の力一杯で殴りかかれば立派な凶器だ。
自分が死んだら、という仮定はいつでも胸の中に置いてあった。
滞りなくとはいかないまでもきちんと業務が進むように、中で一番賢い山崎に今日まで副長の仕事を叩き込んでおいたのだ。
ほいほいとすげ替えられる首だとは自分でも思っていないが、唯一無二の存在なわけではない。近藤がいればどうにかなる。
(近藤さん、)
やはり浮かぶのは近藤の顔だった。
今日まで続けた裏切りも、近藤のためであったのは確かだ。
近藤のための裏切りといって、近藤のための戦争といって、全て土方が独断で動いた愚行であることもまた確かなことだが、こうして今日まで折れずにいられたのも一度ならず重ねた罪のおかげと言えなくもない。
「…歴史に残るような名言を、考えておくんだったな」
志半ばで死んでいくのは断腸の思いだが、言葉にできるほどそれは簡単な感情ではない。
言葉が浮かぶとしたらそれは、銀時への的外れな非難だけだ。
「じゃあオレが勝手に考えとく」
首に当てられていた木刀の切っ先がふとその感触を無くした。
次に来る衝撃を予感しながら最後の抵抗としてぐるりと振り返りざま刀を抜く。抜いて、逆の手で銀時の肩を押して地面へ引き倒すとあまりにあっさり彼は背中を地につけた。
喉仏の上に鋭い刃先を突きつける。
先程とは正反対の位置についたふたりはその表情も対照的だった。
馬乗りになった土方の方が、絶望の表情を浮かべているのをなんとしよう。