リクエスト小説

□追憶の最愛
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「……な、なんでだよ」

 土方は今にも逃げ出したい気分で、切っ先だけはすぐに命を奪える角度のまま叫んだ。

「オレのことなんてすぐに殺せただろう!」

 抵抗を予期していなかった、という動きではなかった。
 銀時は確実に、土方の行動を予想していた。予想して、それに対処できる能力を持ちながらあえてそうしなかったのだと、一連の動きはそのように土方には見えた。
 むしろ土方にとってこそ、土方の反撃も銀時の行動も予想外だった。
 黙って目も合わせないまま、殺される心積もりだったのだ。
 銀時以外の人間であったなら返り討ちにしてやろうと思えた。しかし銀時相手に、自分が敵うはずもない。無駄な抵抗をする気力は萎えていた。そう思っていた、はずなのだ。

「なんでこんなに簡単に殺されかかってんだよ!それなら、それなら始めから襲おうなんてするんじゃねえ!」

 刀を握る手が震えて来そうなほど動揺しているのに、何年も続けた人斬りのおかげか右手はぴたりと銀時の命を握ったままだ。

「…なんでオレが、オレが」

 銀時を地面に縫い止める左手に力を込めると、ごめん、と銀時が呟いた。

「振り向くとは思ってなくて、…おどろいた」

 いやあ、おどろいた、と銀時は二度言った。

「土方って、こんな顔してたんだなあ…」

 しみじみと銀時が言うもので、思わずかっと頭に血が昇った。
 何を悠長な、と怒鳴りつけたい。どうして殺さなかったと責めるのが見当違いであるとわかっていても、どうして自分が銀時を殺さなければいけない状態に陥ってしまったのか、責めたかった。

「ふざけるのもいいかげんにしろ!」
「だって土方、ずっと、オレのこと振り向かなかったじゃねえか」

 責める声色ではなかった。
 ずっと、というのが、土方が攘夷派をひいては銀時を裏切ったあの日から、ずっと、なのだと知れる。

(それは違う)

 振り向かなかったのではなく振り向けなかったのだ。

「今度こそ、ちゃんと斬ろうって思ってたのになあ…」

(違う)

「…振り向かないのが土方の精一杯のツンデレのデレ部分だと思ってたんだけど」

(ちがう)

 土方が振り向かなかったのは、罪を裁いてくれる手を欲してのことではない。振り向かなかったのではなく振り向けなかったのだ。

 自分の罪を省みるのが辛かったのでもない。ただそこに立つ坂田銀時の姿を見てなお、裏切りを完遂できるほどの覚悟がなかったのだ。
 振り向いて、目が合う。その先にどんな事態が待っていたかなど知る由もなく、また、何か特別な出来事が起こるのではと期待や危惧したわけではない。
 ただ目が合う。いやそれより手前、己の目でもって彼の姿を確認したのであれば、それは裏切りを思いとどまるに足る、事象だったのだ。
 かつての土方にとって坂田銀時はそれほど尊かった。何が善で何が悪か、そんな価値観を打擲する戦乱の地にあって、彼だけは正しく圧倒的に、強かった。力を持たない土方に引き比べて、銀時は善も悪も一蹴してしまえるような、強者に見えたのだ。

(そんなわけない)

 そんなはずがないと土方だってわかっていた。だからこそ攘夷戦争を負け戦と見限り裏切りを実行した。
 たとえ銀時が人知を越えた力を持っていても、文字通り人知を越えた存在の天人の大群に敵う謂れもなかった。

(それでも、だ)

 それでも土方は、あの時振り向くことができなかった。
 生かしておいては後に必ず脅威となる白夜叉の存在。一騎打ちでの勝算が低かった、生き残ることをのみ考えれば逃げた判断は決して間違いではない。しかしそれが言い訳に過ぎないことはわかっていた。
 あの時振り返らなかったのは、振り返ればきっと、きっと銀時が自分を受け入れてくれるだろうと、わかっていたからだ。
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