短編小説
□鴉映え
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何処か遠くで鴉が鳴いた
愛想がなければ振り向かないなんて、阿呆な奴
空にかかった薄い雲の合間を縫って、日の光が射した。
西には未だ紺色が滲み、夜と朝の狭間で揺れるその色が、嘘のように美しくて見ていることができずに土方は目を逸らした。
酷く卑屈な気分だった。商売女を抱いた後はいつもこんな気分になる。
彼女たちの生き方は享楽的で刹那的で、あまりに無謀で、潔く、美しすぎた。
こんな気分になるならいっそ行かなければ良いと、わかっているのに。
でも独りに耐えられない夜は必ずやって来た。たとえばそれは近藤が女を追う背中を見送った夜で、たとえばそれは月のない夜で、
たとえばそれは、坂田銀時を見かけた夜だった。
「どうしちまったんだ、オレァ…」
屯所への道のりがやけに遠い。着流しから入り込む外気に肌がざわざわとした。
女を抱いたあとは決まっていつもより人の気配を敏感に感じる。獣じみた感覚。
鋭利な殺気を背に感じ、反応が出来たのも、そのおかげだった。
「…ほう、やるなァ。オレの刀を止めるたァ」
「っ、てめえ!」
キン、と冷たい音が鳴り噛み合った刃。
その切っ先よりよほど鋭い眼光の男は、さらに刀を振るう。
「た、かすぎっ…、しんすけ!」
赤みがかった黒髪、隻眼、派手な着物。何より纏う狂気が、この男が何者かを決定づけている。
「喋ってる隙があんのかよ。副長さんよォ…」
ぎり、とまた刃が合わさった時、周囲を明らかな敵意が囲った。その数は十数人。構えから察するに手練ればかりなのは間違いがない。
「ちっ…」
「安心しな、他の奴らに手は出させねぇよ。…てめえが逃げられねえようにの、ただの檻だ」
「闇討ちたァなんのつもりだ」
強く睨んだ眼光を去なした高杉が口許を歪めた。
「……なァてめえは、真っ黒だなァ」
「は、何を」
「こんなぬりィ常世は似合わねぇ」
合わさった刀が離れて、土方は悟った。
これは、間に合わない。
がつ、と刀を握った手を峰で打たれた瞬間、懐に高杉が入り込み正確に鳩尾を殴られる。
「が……っ」
朦朧とする意識のなかで、せめて敵に崩折れるような真似はすまいと横倒しに倒れ込む。
「…とんだ飼い犬だな」
高杉は着物を通して肩口に薄くついた傷を見て喉で笑った。
倒れてなお放さない土方の刀が、横倒れになる時肩を斬ったのだった。
「おもしれェ」
自分より背の高い土方を軽々と抱きかかえ、高杉は宙飛ぶ船へと引き上げた。
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