短編小説

□鴉映え
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 漆黒の髪が、鈍く光を散らした。可笑しいほど毛並みの良い、綺麗な男に、高杉は満足げな笑みを浮かべた。

 牢獄を思わせる部屋には、高杉と土方の二人きり。鎖に手足を戒められた土方の目は包帯で隠され、口には猿轡が咬まされている。
 ぴくりとも動かないところを見るに、土方は気を失っているらしい。


 後ろ手に組まされた腕に巻きついた鎖が天井に吊され、さながら鞭打ちを待つ罪人といった姿勢で無防備に眠る土方を、起こす気もない高杉は至極愉快な気持ちだった。

(…馬鹿な奴らだ。こいつも、銀時も。邪魔が入るなんて思いもしねェでぬるい世界に慣れちまって)





 あの日体内を巡った銀時の体液は今も焦がれるほど官能的だった。

 土方を見る高杉の目が鋭く熱を帯びる。


「なァ、副長さん…、あんた、可哀想になァ」

 目覚めぬ土方に話しかける高杉は腹を抱えた。

「銀時はてめえを抱いてくれねえ、そういう対象としてもくれねえ。…欲しくて欲しくてたまんねェのに、そんな風には振る舞えねェ」

 可哀想になァ、と心底から嘲って高杉は笑った。愉快で愉快でたまらなかった。
 こんなに胸が弾むのはいつ以来だろう。

「綺麗なのになァ、…、くく」

 するりとその包帯に包まれた目を撫で、いっそこのまま潰してしまおうか、と考える。
 だがあの黒は、惜しい。
 いつか消えてしまう色だ。いま潰すこともない。

「……っ、ん…、?」

 目を覚ましたらしく、土方が低く呻き、疑問符の付いた音を発した。
 目覚めて視界が真っ暗なのだ。怪訝に思うのも道理だ。

「…よォ、お早いお目覚めで」
「んー!、ん」
「暴れんじゃねェ、うるせえ」

 ぢゃらぢゃらと鳴る金属音が耳に付き、土方の腹を蹴る。反動で一層金属音が増し、さらに苛々と暴行を加えると、土方の唇の端に血が滲んだ。

「、ん……ぅぅ」

 猿轡で満足に息も出来ない土方は苦しげに眉を寄せた。高杉は土方に近づくと、着流しの袷から手を差し入れた。

「てめぇなんぞいつでも殺せる。…だが、ただ殺すには勿体ねえ」
「…」

 包帯の下の目が自分を睨みつけているのが見える気がして、高杉は猿轡を強引に外す。
 土方の涎と血の染みた荒布を、汚い物を見るように見下す。

「っは、……っ、オレは、拷問ごときで口は割らねえ…」
「くく、拷問…?」

 拷問。
 それはある意味これから起こる行為を正しく言い当てている。しかしその行為によって土方から何かを聞き出す気など毛頭ない高杉は、胸を弄る手を止めずににたりと笑った。

「そういうプレイがお好みかァ…?」
「っ!」

 ぎちりと乳首を捻ると、土方が息を詰めた。プレイ、という単語で漸くいま自分の置かれた状況を飲み込んだらしい。
 暴れるかと思いきや、土方は息を飲んで唇を噛んだまま、何一つ抵抗をしようとしない。

「いま抵抗すりゃァ、逃げられるかもしれねえぜ?」
「んなヘマする野郎じゃねえよ。…抵抗なんかして悦ばせることもねえ」
「ほォ。流石に副長ともなると、肝が座ってるなァ…」

 耳朶を甘噛みして舐めあげ、さらりと渇いた撫で心地の良い肌を、情欲を煽るように弄る。

「…敵に手込めにされて、生き恥晒して、それでも気丈に振る舞えるってんだから、昨今の犬は出来が良い」
「……」
「生きて帰ったら、また尻尾振って幕府のご機嫌とり…。男咥えてケツ振ってた、その尻で幕府にすり寄れるってんだからなァ。くくく」
「な…!てめえ、オレを殺さねえのか」
「…いま此処がどこかもわからねぇてめえなんぞ、真選組に戻った所でなんの脅威でもねェ。むしろ罪の意識に苛まれて、内部分裂の足掛かりにでもなってくれりゃァ好都合なこった」
「っ!ふざけんな!殺せ!!」
「…殺さねェよ。その代わり、天国連れてってやるぜェ?」

 冗談めかしたその文句も、高杉が言うととたん寒気がするほどの真実味を帯びる。

「ふざけんじゃねえ!」
「…そんなに死にてェなら、帰す時に刀も一緒に置いといてやるよ。薬漬けにゃァなってるだろうが、…まァ、切腹くれえはできんだろ」
「…麻薬か。どこまでも腐った野郎だな」

 高杉としては、ただ単に睡眠薬で眠らせた状態を指したつもりだったのだが、まあ何だっていい、と訂正はしない。
 土方の精神を壊すつもりはない。そんな詰まらないこと。
 この自尊心の高い男が、高杉に犯されたあと、銀時にどんな態度を取るのかが見たくてたまらなかった。

 避けるか、誘うか。はたまた。

 本当に死んだら、それはそれ。
 自分の精液を死に水に、こんな男が死んでいくのも悪くはない。

「…さァ、楽しもうぜ」



 天国は間近だ。
 だってお前は鴉じゃないか。
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