リクエスト小説
□約束はきみとぼくとの帰り道
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きみはまだ、おぼえている?
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あともう少し。
土方は素振りをする腕に力を込めた。
三年へと順調に進級した土方は、高校生活最後となる夏の大会に向けて連日連夜厳しい練習をこなしている。
加えて受験勉強も無視するわけにも行かず、それこそ寝る時間もままならないほどに忙殺されていた。
(坂田も)
(坂田も、あと少しだな)
残りの学生生活を意識するたびに、浮かぶのはいつも同じ名前。
その名を頭の中で呼ぶ時には、拭い去れない喪失感がついてまわる。
彼と連絡が取れなくなってから、もう半年が経とうとしていた。
「土方さん、練習する気ねェならもう帰ってくだせェ」
全体練習の終わった道場で、先刻までちらほら自主練習に励む部員もいたが、自分で思うより長い思索をしていたらしい。土方はいつの間にか竹刀を振るうのも忘れて立ちすくしていた。
「…おう、なんだお前、鍵番か」
「土方さんに押しつけて帰ろうとしたんですけどねィ、近藤さんに見つかっちまったんでさァ」
鍵を指で回しながら答えた沖田に促されて道場を出て、そこから廊下伝いにある部室へと向かった。シャワー室も隣接された設備の完璧さには学費の高さが滲み出ていて、土方は僅かに苦い思いをする。
銀時を苦しめていた一端は、確実にこれでもある。
「じゃ、お先に失礼しやーす。明日までに過労で再起不能になれよ土方このやろー」
「おい!総悟てめ…!」
道場を施錠した沖田は、既に私服に着替えていたのでさっさと帰って行った。
何時でも悪態をつくのを怠らない、いっそまめにも思える後輩に、こちらもきちんと言い返そうとした土方は途中で言葉を切り、部室の扉を開けた。
(坂田か…)
学園を去った後も、銀時と土方は不定期に連絡を取り合い、ごくごく稀には会ってもいた。
会っても何をするでもなくただ銀時が好きだと言う甘味を食べに店に入り、互いの不摂生を言い合うだけだったが。
部室でタオルと制服を手に取りシャワー室へ向かう。
部活後でも小綺麗なシャワー室は、自分が使った後は必ず片付けをせよという土方が制定した数ある剣道部部訓の中のひとつによるものだ。
袴を脱ぎ一番手前のシャワーコックを捻ると、ぬるめの湯が降り汗を流した。
(言わなきゃいけねえことが、あったんだよな)
髪をかきあげながら、再び銀時を思う。
大切な、大切な気持ちを、思う。
(なのにオレは)
(いつかがあると思ってた)
明日にだって会えるいつまでだって会えると、逃げていた自分。
(いつだってあいつはあいつのままで、卒業する時にはあいつも笑って昼間の時間にいて、そしたら言おう、ってよ)
何を信じていたのかと問われれば、彼を信じていたのに他ならない。
だが彼は消えてしまった。
突然繋がらなくなった電話口から無機質な女の声がした時の絶望は忘れない。
そしてこんな機械に頼っていた自分が情けなくなった。番号が空で打てるようになったから愛情が重いのか。電話にすぐ出るから想いが通じているのか。
(そうじゃないだろう)
銀時へ連絡がつかなくなり、あちらからの接触を待ったがそれも無かった。
無事でいるのか確かめる術もなく、行きつけになっていた甘味屋や銀時がよく仕事をする盛り場にも行ってはみたが収穫はない。そうこうするうちに受験生になり時間は本当になくなった。
銀時が故意に連絡を絶ったのか不慮の事態によるものなのかそれすら分からない。
それでも夢想せずにはいられない。
桜咲く季節に、全てを終えた銀時が困ったような笑顔を浮かべて現れはしないかと。
ごめんね土方くん、とかなんとか言いながら、また。
今日と同じ明日なんて無いということを、きっと土方よりも知っていた彼は、いまどうしているのだろうか。
幸せであればいい、と、それすら願えない現実は酷く無情に土方の胸を抉る。
(幸せにしてやらなきゃいけなかったのに)
浴び続けたシャワーにすっかり冷えた身体が芯から震えた。