HighSchoolJump
□入学式
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「新入生代表、志村新八」
銀時が式場に到着すると、眼鏡の生徒の式辞が終わる所だった。
学校に着き、靴箱周辺の掃除をしていた用務員のサングラスの男に式場の場所を聞くと、親切にも用務員は講堂へと案内をしてくれた。
礼を言い脇の入り口から中を覗くと、日の光に溢れ、紙の花やら紅白の段幕やらで飾り付けられた講堂は生徒と保護者で一杯だ。
「…いやいやいやいや」
どんなに静かにした所で、遅れて入って来た生徒は目立つ上に、銀色の髪はそれでなくても目につくのだ。
(入れない入れないむりむりそんな華々しい高校デビューきっついって)
いっそ休んだ方が良かったかなと逡巡する間に、教頭と思しき人物がマイクごしに言った。
「在校生祝辞。在校生代表、土方十四郎君」
はい、と凜とした声が響き、登壇したその声の主に銀時は思わず息を飲んだ。
「桜の蕾もほころび、日に日に暖かくなるー」
それ以上、何を言っているのかわからなかった。
黒々とした髪は陽光を照り返して複雑な色を呈し、墨色の目は原稿を辿ることなく正面へと向けられている。
首筋は白いが生白い印象はなく、しっかりと鍛えられた逞しさも有る。
たしかに男なのは間違いないのに、性別を越えたなにかもっと強く惹かれるものを彼は持っていた。
不覚にも、男に、見惚れてしまった。
(いや不覚にもじゃねえよ!)
「新入生、礼!」
祝辞を述べ終え、きれいな先輩が降壇する瞬間に切れ長の目が銀時を見た。
脇の扉の隙間から覗いてるのだから存在に気付くはずはないが、一瞬、目があったように思った。その瞳の深い黒さに思わずときめく銀時をよそに、彼は降壇すると席に戻らず暗幕の裏に隠れてしまった。
裏で待機でもしているのだろうかと思って思わず首を伸ばして暗幕の裏が見えないだろうかと苦戦していると、とん、と肩をたたかれた。
え、と振り向くと、目に入る黒髪。在校生代表、が横にいた。
「うおわっ!」
「…てめえ、新入生か」
先輩は眉間に皺をよせて、ほとんどメンチを切るようにして銀時を睨んだ。
なぜ彼がここにいるのかからしてわからない銀時は、あんまり凶悪な面構えを前にして思わず意味なく笑いを浮かべた。
こうして対峙すると、きれいだとか美形だとかいう印象よりも、ただもう、目つきが悪い。
「新入生かって聞いてんだ」
「あはは、そーっすけど…、あは」
「遅刻か」
「あ、そっすそっす」
「道迷ったか」
「そーっすまじでもうまいっちゃって」
駅から真っ直ぐ行って一本曲がるだけの道でどういう道の迷い方があるのかと思いながらも、とりあえず相手の誘導にしたがった方が得策だろうと銀時はせめて愛想よく頷く。
「成井のほう行ったか?」
「そーっす」
「ふうん…災難だったな。明日から減点になっから気をつけろよ」
彼はなにか考えるように間を置いたが、それ以上追求する気はないらしくひとつ頷いて返事をすると、ポケットからなにやらピンク色のものを取り出した。
「ちょっとおとなしくしてろよ」
言うがはやいか先輩は銀時の胸元に手をやって、顔をずい、と手元に近づけた。
唐突に接近してきた目つきは悪くとも調った顔をうえから見下ろす形になり、銀時は思わず息をつめた。
(…あ、)
かいだおぼえのあるにおいが、ふっと香った。
それがなにか考える余裕もなく、先輩の長いまつげに目がいく。
女子のようにビューラーでカールさせるわけでもない彼のまつげは正面からだとわかりにくいが、こうして角度をつけると長く伸びていることがよくわかる。
妙に緊張した銀時は、胸でこちょこちょと手を動かす先輩に、どうかばくばくと鳴る鼓動の音が聞こえないようにと願った。
「ん」
やっと手と顔を離した彼は、満足げに自分の仕事を見やる。銀時の胸には新入生用のピンクの花が飾られていた。
「あ、すい、すいませ…」
「おう。あ、つかてめえボタン閉めろボタン」
「え、あ、お、」
「ああもう、まどろっこしい」
彼はまたお節介にも銀時がくしゃくしゃに着ていたワイシャツのボタンを律儀に一個ずつ閉めはじめ、ネクタイまで締め直した。
(おかあさん!てゆーかお嫁さん!?)
合間になんでこんなめんどくせえ新入生が云々と文句を並べていたが、彼の指やまつげを見るのに必死だった銀時にはなにも聞こえなかった。
(いや落ち着けオレ。これは男男男雄ちんこついてるちんこついてる)
「で、おまえ名前は」
「え、あ、ちん…坂田銀時」
思わず男性器を名乗りそうだった銀時の軌道修正にも気づかない様子で、先輩はポケットから折りたたまれた紙を取り出してそれを指でなぞった。
「さかた……さかた、ああ、これか。C組。入口からは遠いな」
ちいさくつぶやいた彼は、手にした紙を坂田に示しながら言う。
「このクラス表見て退場した後合流しろ。式の間は…裏から入って、一番近いA組の、ここ、欠席のやつんとこ座っとけ」
わかったかというように視線で問われて、銀時はかくかくと頷く。
それを確かめると、彼は銀時の正面にある扉より奥まった所にある、ちいさな裏口めいた戸に手をかけた。
(あ、先輩、こっから出て来たのか)
行ってしまいそうな先輩の背中に、なぜか焦って銀時はその肩に手をかけた。
「先輩」
「あ?」
「あ、…名前、なんて言うんすか」
嫌みなくらい真っ直ぐな前髪がさらりと揺れて振り返ると、彼は唐突なその質問にちょっとおどろいたように眉をあげた。
それから、ふとその口元がゆるんだように、銀時には見えた。
(教頭は、なんて、呼んでたっけ)
「ああ、オレは…」
唇が動き出した、時。
(やべ、なんで唇つやつやなわけ)
瞬間、瞬間のことだった。
ちゅ、と音をたてて、唇と唇が、マウストゥーマウスをしていた。
「なっ、…は、!?」
真っ赤になって目を白黒させる先輩に、あ、名前聞き逃した、と銀時は思う。舌でちろ、と咥内を舐める。
人工呼吸ってほんとうはあんまり意味ないってほんとかなあ、と、なにかぶっ飛んだ思考が思う。
思うさなかに、肩をつかまれてがばっと身体をはなされた。
「てててててめえっ」
今にも叫び出しそうな先輩の様子に、銀時はぼうとしながら、ぺろりと自分の舌で指をなめた。
「…先輩煙草吸うでしょ」
「な、はっ、す、わねえし」
「うそだあ苦いし。そう、そういえばさっき、髪からもちょっと煙のにおい、したし」
(ああ、やべ、オレ、ちょっと悪ガキスイッチはいっちゃうかもなあ)
そんなにかわいい顔をされちゃったら。
「…在校生代表が煙草なんか吸って大丈夫?」
にやりと底意地悪く、笑う。
良い子になろうと思って高校に入ったのに、初日からこんなことになってしまうだなんて、予想外だ、と、銀時は内心思う。内心でも笑う。
先輩は顔をそむけて、しまう。
「かっわいい!」
「ざけ…ざけんなこの…っ!」
憤る先輩が、揺れる目で銀時を見た。
どうにかしてぶん殴ってやろうという凶暴な視線に、ますます笑みが浮かぶ。
「…見た目もぶっとんでると思ったら中身もいかれてやがる…」
「えええショック…ショックなんだけどオレそんなぶっとんでないっしょー」
「ふざけろよこの天パが!」
「いやいやこれおしゃれパーマかもしれねえじゃん!」
「おしゃれパーマでそんなチン毛みてえな髪になるわけねえだろ!」
「チン毛っつったよこのひと!ひとの髪チン毛っつったよ」
「うううるっせええないきなり他人に…キ、キスとかする非常識な奴はチン毛で十分なんだよ!」
一息に言った先輩は肩で息をすると、無意識にか胸のポケットを探る仕草をして、はっと銀時をみてその手を止めた。
「ああ…クソ。退学にしてやるからさっさとテメエの弱み言えやコラ」
「いやいやそんな。この状況でそんな素直に答えちゃうの先輩くらいでしょ」
「死ね」
「死ねとか言わないーのっ。…弱みねえ弱み…」
「明日までに髪染めてこいよ停学にしてやるから…そんでフェードアウトしろよマジで」
かわいい顔して結構きつい毒を吐く先輩の、でもその言葉に銀時はすこし目を見開いた。
「髪。オレ、すでに銀色なんだけど」
「てめえのは地毛だろうが。つかそんなん銀じゃねえ白髪だ白髪」
「地毛ってわかんの?」
髪色のせいでからまれることも多い銀時は、意外だ、とでもいうように先輩を見る。
「生徒会舐めんな。地毛と染髪の違いくれえわかんだよ。…あ、つーかお前外国育ちか。キスは気軽な挨拶の国から来たのか」
「いや違うけど」
「違ぇのかよ!じゃあ、き、……あー、クソ」
頭をかかえた先輩を尻目に、式場からピアノの伴奏が流れてきた。
「チッ…ああ、もう、もどんねーと…っ。くっそ坂田!テメ、今度あったら退学にしてやっからな!」
「先輩も次会うときまでに煙草やめといたほうがいいと思うけどー」
「うっせえわボケ!オレの唯一の楽しみをてめえなんぞのために止められるか!」
言い残して先輩はもう振り返らず式場に戻ってしまった。
ぷりぷりとかわいい怒り方をする後ろ姿をたっぷりと見つめてから、さっきふれあったばかりのくちびるを指でなぞる。
(うん、たのしい高校生活に、なりそうじゃねーの?)
機嫌よく式場に入ろうとする銀時は、結局かの先輩の名前を聞けずじまいだったことに式が終わってから気がついた。
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