HighSchoolJump

□遅刻
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 まだ暗い部屋のなか、起き抜けの銀時は布団の上に胡座をかき頭を掻いて、いつも以上にやる気のない目をしぱしぱ瞬かせた。

「……ぅ?」

 不思議な夢を見た。不思議といおうか不可解といおうか。
 入学した高校ではじめて出会った男にキスをする夢。

「…夢オチはなくね?」

 言ったそばから、いやいやでも現実だとしたらもっとない、と頭を振る。
 高校は確かにこれから通う高校であったし、リアルな夢だ。

 布団にもう一度寝転がり、夢の中の男の姿を思い返す。

 真っ直ぐな黒髪、目は瞳孔が開き気味。細面だが、白い肌がもち肌だからか不健康な印象はない。
 キスする瞬間に見えた肌は本当に綺麗だった。

 上唇は薄めで、その分下唇のふんやりとした柔らかさは感動的ですらあった。

(あれ…つーか、夢、だっけ)

 もそもそと布団で身じろいでから銀時は再び目を閉じた。
 こういう時はとりあえず惰眠を貪るに限る。
 もし夢ならまた会えるかもしれないし、現実なら逃避をしなければならないから。

(ホモじゃねーし…これ朝勃ちだし…)








 次に目が覚めるとすでに登校時刻だった。









++++


「よーし、てめえら門閉めろ」


 鬼の副(会)長の異名を持つ生徒会副会長土方十四郎は精一杯走り来る生徒に目もくれずに校門を閉じさせた。
 チャイムの音の残響が終わると同時にぴったりと閉じた校門を前に、土方は仁王立ちで名簿をめくる。
 その耳に、ガン、と耳障りな金属音が響く。

「ひでぇや土方さん。オレが何したってんでィ」

 遅刻集団の中にいた目の大きな新入生が目前で閉められた門の外で、不服そうにがんがんと鉄格子を蹴っていた。

「総悟てめ…ほんと中学んときと変わんねえな遅刻すんな!あと門蹴るな!あっちの横入り口から入りやがれ」

 土方の言葉を無視して新入生沖田総悟が校門の柵を登り始めると、その頭を踏み台に巨大犬に乗った一人の少女が校内へと駆け込んで来た。
 どすん、と地響きをともなって地面に着地した犬の一歩後にふわりと降り立った少女が、つかみかからん勢いで土方につめよる。

「セーフか!セーフだよな!」
「いやアウトだ。つかその犬…」
「セーフか!良かったアル!遅刻なんかしたらキョウセイソウカンされるとこアル」
「いやだからおまえはアウト…」
「セーフだよな!良かったアル!」

 雨も降らないのに傘をさし、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた怪しい中華少女神楽は、土方の言葉に聞く耳も持たずその胸を叩いた。

「おい門衛、さっさと定春を駐車場に連れてくヨロシ」
「門衛じゃねええ!つーか犬連れてくんな!!」
「定春は家族ネ!」
「家族を駐車場に置いとくのか」
「つべこべ言うんじゃねーヨ。日本人これだから嫌んなるヨ。…ん?」

 一方的に話を進める神楽が、ふいに言葉を切って足元を見た。
 つられて土方も視線を向ける。と、

「良い度胸じゃねえか、このガキ」

 定春の重い踏み切りによって無残な姿になった沖田が、バズーカを構えて笑っていた。

「だから学校に銃器機を持ってくんじゃねえ!!!」
「大丈夫でさ。サツに見つかるようなへまはしやせん。いまここであんたとそこのチャイナ女を始末すりゃあ…」
「そんな玩具にわたしが屈するとでも思ってるアルか」

 沖田の手が引き金を引く前に、神楽が地を蹴り上げてバズーカに回し蹴りをした。衝撃に耐えきれずひしゃげたバズーカの銃筒部を見つめた土方は遠い目をして、いままで一年間の平和な学校生活へ別れを告げた。

「ガキはお前のほうアル!そんなでっかい玩具持って楽しいカ?」
「へ、やるじゃねえか。そうでなくちゃおもしろくねーや」
「おいコラやめろお前ら!!授業始まる前に教室行きやがれえ!!!」





++++




「あーやべえ。これ中学の二の舞だよね」

 とるとるとる、となんともやる気のない音を出して走る原付。おい、持ち主と一緒ですねって思っただろ。違うからね。この子やる気出せばすげーから。ちゃんと燃料入れてあげたらこいつまじすごいからいざってなるとやる子だからこの子。

(二度寝はなー…やっぱりよくない。よくないねうん)

 入学式での電車ラッシュにこりて、今日は原付で学校にむかう。遅刻しても学校行こうって気概がすげーよ。すげーよオレ。

(ああ…たのんだらもっかいチューできるからいや無理か)

 二度寝をしても、結局夢は覚めなかった。
 在校生代表挨拶をしていた先輩とのキス疑惑は頭が覚醒するほど現実味を帯びてきて、というか、もうあれは、本当にあった出来事だと、認めざるをえない、だろう。
 嫌悪感はないものの(いやそりゃ嫌悪感というかオレから無理矢理したようなものですからね。当然といえば当然なんだけども)やっぱり、ホモ疑惑はつらい。つらいけど、でもあの時の先輩を思い出すと、また同じ状況におちいったらまたもう一回ちゅうをしてしまうだろうとそういう気がする。
 好みだったんだから、しょうがない。

(ああ…だって春休みのあいだ、あんまりおんなのこと遊んでなかったんだものなあ…)

 ぼんやりとあの時のしあわせな状況をむふふ、と笑って思い出していると、前方になにやらもくもくと白煙が見えた。
 前方、というよりも、これあれ、学校のほうじゃね?

(え、つーかなんか飛んで…飛んで…おおお落ちてくるううう!!!)

 ぼすん、と道路にワントラップいれて、どうやら人間が二人、落ちて来た。
 はねた身体からぐいっと腕がのびて、通り過ぎようとした原付の両脇に、人がぶらさがる。

「おおおおわ!こわっ!ちょ、なんなのあんたら人間!?なんで生きてんの!」
「ぎゃー!何アル!定春カ!ギジンカカ!」
「なにこの子ォ!」
「ぎゃー!!!」
「あ、あれ先輩ィィ!?」

 意味わからんおだんご娘が左側に、例のキスしちゃった先輩が右側にそれぞれ原付に指を引っ掛けて振り落とされまいとしている。つられて蛇行する原付。

「坂田ァァ!バイク通学は届け出がいるんだよコラァァァァ!!!」
「ええ!?いまの状態でそれを言う!?つーか何してんのあんたら」
「油断したアルあのガキがまさかあそこまでやるとは思わなかったね」
「だからお前は誰じゃァァァァ!!!」
「うっさいアル!」
「うおいっ!!!」

 怪力中華少女の傘攻撃は避けたけど、それで一瞬進行方向から目を離した隙に原チャは校門につっこんでしまった。

「「「ひぎゃああああああああ!!!!」」」


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