短編小説

□色の無き夜泣き亡きを憂う
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「……あー、起きた?」
「誰かが寝覚めの悪ィ昔話したおかげでな」

 銀時は土方の寝るベッドのすぐ横のパイプイスに座って、寝ていないのだろう僅かに腫れた瞼をしていた。

「そのわりには、泣いてんじゃん」
「…は?」

 銀時が土方の頬をなぞり示すと、確かにそこは濡れている。赤くもなく、色を持たない透明な滴。なぞったそれをどうするでもなく見つめた銀時の瞳はここではないどこかを捉えているようだった。

「……あいつは結局死んじまった」

 あいつ、が誰のことかを土方は知らない。しかし銀時の言葉の痛みはわかる。感じた。

「一緒に全部死んじまった」

 土方は目を伏せた。病室の眩しい白は目に痛い。だから泪が出て来るのだと。
 銀時は自分の掌を見つめて確かめるように握って、開いた。

「血が足りねえって騒ぐ土方見てたらよォ、なんかこう…変な気がしたんだよ。昔の自分を見てるような、死んだあいつを見てるような、死んだ自分を見てるような」

 開いた掌を目の高さまで掲げた銀時はそのまま何かを握り潰すように拳を固めた。

「…なあ、生きてて、良かったよ」

 土方は自由な右手で顔を覆った。何も見たくはなかったしその必要もなかった。透明というのはなんと危うく不器用に無意味なんだろうと。
 銀時は握り締めたままの拳を土方の額につけた。その固く閉じた左手は、なかの何かを潰すようで、また何かを外界から護るようでもあった。

「泣いてくれてありがとー土方くん」
「…何の話だよ」
「死なねえことより生きてくことが大切なんだよ」
「…おんなじだろアホ」
「わかってんだろコノヤロー」

 額につけられた握り拳は熱く、その左手の抱えていた冷たさに抗うようだった。

「…生きててよ、ありがとう」

 土方がゆっくり目を開けると、病室の白い天井が見えた。眩しい白は目に痛い。すこしくすんだ、刀の色くらいが丁度良い。
 斬ればそれだけ汚れて刃こぼれをおこし血を吸うと重みを増して、でも研げばいつまででも光ろうともがく、その無様な色合い。赤でもなく白でもなく黒でもない、唯一の鋼色。






 このくらいが、丁度良い。








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