雨露

□第二話
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「長期戦に持ち込んで消耗させる気なんじゃないですか…?厳戒態勢が敷かれたら引いて、弛んだらまた、ってやっていく。これならむしろ最初の一人は重役でないほうが…」
「回数を重ねれば重ねるだけそれだけボロがでる。賢いやり方とは言えねえな」

 そう言って土方は山と積まれた容疑者リストの書類のなかから、一枚を抜き取った。
 理由はないが気になった。先入観は時として刀より危険な凶器になりうるが、勘はそれと同じくらい強力な武器にもなる。

「…どうしたトシ。なにか気になるのか」
「攘夷過激派」

 びっちり罪状が書き込まれているが、そのどれもに括弧して容疑と添えられている。つまりそれは今まで一度たりとも捕まえられていないことを表している。

「鬼兵隊、高杉晋助」

 呟いた名に三人は三様に鋭く反応を示した。真選組に籍を置いていれば嫌でも耳に入ってくるその名前。

「なんでそいつなんでィ」
「いや、…もともとこいつァ桂一派と違ってテロとテロの間が長く不定期ではあるが、そろそろ暴れるころじゃあねえかと思っただけだ」

 ひらり書類を一枚抜き取り、隠し撮られた高杉の写真を見る。望遠で撮影したものを引き伸ばしたそれは不鮮明で、粗く絵の具をぶちまけたようにも見える。

「そうですねィ。…ま、鬼兵隊だった場合それと特定できた所でオレ達ァなんの手も打てやしやせんね」

 窓際からひょいと立ち上がった沖田が土方の肩越しに書類を覗いて言った。

「特定できた所で、尻尾捕まえるまでこっちから派手な動きは出来やしねェ。組から何人犠牲が出たとこで同情してくれるような政府じゃねえでしょう?」
「どの尻尾掴みゃあいいかわかるだけでも助かる」

 土方が吐いた煙が通気口へと向かって走り去る。時計を見上げれば既に市中見廻りの時間が迫っていた。事件の後は見廻り人数を多くしているために、自然と副長である土方も見廻りをする回数が増えた。

「じゃあ近藤さん、オレは見廻りに行ってくる」
「おう、そうだったな、お疲れさん」

 近藤は壁に掛かった時計を仰ぎ見てから、土方にわずかに疲れの見える顔で笑いかけた。局長に大事があってはならないと、近藤は事件のあった日から一歩も外へ出ていない。城へ招喚されればそのときは出て行かざるを得ないが事件以後は、おかしな話だがむしろ普段以上に平和であるといえたからそのような事態もない。
 近藤の気が滅入っているのも、不思議なことではなかった。

「ああ。…近藤さん、すこし部屋で休んだらどうだ?」
「それはトシの方だって。オレは体力は使ってないし大丈夫だ。いざという時に動けなかったら困るから、まあ屯所内で過ごしてもらうことにはなるけど、休暇申請していいんだぞ」

 鷹揚に笑ってみせた近藤にぎこちなく笑い返した土方は、休暇と聞いてすぐに頭に浮かぶ銀髪の姿を頭から払いのけた。最近では休暇といえば銀時と会うのが決まり事のようになっていた。だがいまは会えるはずもない。屯所に関係者以外の人物を招き入れるわけにはいかないのだから。

「いいよ、仕事してたほうが落ち着くから」

 見廻り、もう行くな、と告げて部屋を出ると誰もいない廊下。すぐに曲がり角のあるそこを一歩踏み出して、ぎしりと軋ませると同じ音が土方のなかで鳴った気がした。ぎしりと。
 今日の仕事を終えたら電話を掛けてみようかと、どうせ掛ける段になってから躊躇して止めてしまうのだとわかっているのに土方は考えた。土方の電話が繋がったことを示す音が万事屋の旧式の黒電話から流れ出すのを想像して、すこし期待をして受話器を取る銀時を想像した。
 悪くない、と笑みが浮かんだ。





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