雨露

□第二話
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 忙しくなるにつれて離れて行くのは物理的距離ばかりではない。
 握る手がなければ体温なんて忘れてしまうし、囁く睦言も電話ごしではひどく軽薄だ。

 その電話すら、一体どれほどしていないのか。

 隊士の首が見つかったその日に幾度もあった銀時からの着信に土方が気づいたのはぐるりほぼ二十四時間経ってからだった。真夜中だからといって掛けなおさなかった、というのは言い訳にすぎない。
 では本当のところ何を思って着信履歴からたったボタン一個ですむリダイアルをできなかったのかと問われても返す答えの用意はなかった。厄介な仕事が入れば連絡を絶ち、一段落つけば会い行く。土方が決めたのでもなければ銀時が望んだわけでもないが、そういう事になっていた。

 だからいまだに隊士の件が一向に解決しそうにないこの状態では電話をしないのも来ないのも会いに行かないのも来ないのも自然なことで、それゆえにはっきりとふたりが隔絶されているのを土方は感じていた。
 しかし仕事に集中するにはその隔絶というのはどうしても必要だとも思い、最終的にいつも仕事を選び取るのだ。

 隊士をひとり殺められてから数日。新たな被害はないものの手掛かりらしい手掛かりもない。




「本人の私怨」
「これはないですね」

 この件の取り扱いをはじめてから馴染みになった普段は使われることのない屯所の、複雑な道程を経なければ辿り着くことのない奥部屋。
 秘密裏の作戦を伝えるとき等にしか使われない部屋には、こちらも馴染みの顔が一揃い。局長副長一番隊隊長に監察。雁首揃えれば背筋の冷たくなる役職の者ばかりだが互いに昔からの馴染みであるから、厳しいながらもどこか信頼のおける間柄でしか出ない独特の雰囲気が部屋にはあった。

 中央の机に広げられた報告書や機密書類に目を通しながら、土方と近藤は山崎の報告を聞いている。窓際で寛いだ姿勢の沖田もアイマスクを外し神妙に耳を傾けている。

「となると、やはり組への恨みか、攘夷派か」
「当たり前ですけどこっちは次々に該当者が出てくるんで、虱潰しは無理ですね」

 一応調べきれた物はこれですと山崎が足元を探って、見るだけでうんざりするような分厚さの書類の束を机に乗せる。

 市民の不安感を下手に煽らぬようにと幕府に自己収拾を命じられたのだが、通常業務も減りはしない。
 面倒事は持ち込ませずに都合の良いときには顎で使う。分かりきっていたことだが幕府からも温かく受け入れられていない組の現状は厳しい。

 そのなかでここまでの情報を集めた監察の仕事ぶりに、志を同じくした者の死への追悼と憤りを見るようだと土方は複雑な気持ちで山崎に先を促した。

「以前の事件のデータからは?」
「有力な情報は得られませんでしたね。…もちろん、それも全部に手が回ったわけじゃないですけど。というかこれはほぼ副長の調べてくださったものしか」

 近藤が渋い顔で山崎の持って来た資料を捲っていた手を止める。

「ザキ、あの懐紙からは何か」
「はい。指紋はやはり検出されず、紙も一般的な懐紙ですね。ただ天人製の大量生産品が主流になりつつあるのに対して純国産で、一応高級品にあたります。ただ特定の店でしか買えないというほどの代物でもありません。…そもそも、懐紙に墨という形態自体が今じゃ珍しいわけですけど」
「もちろん筆跡鑑定に引っかかるようなことは…」
「ありませんでした」

 資料に添えられた血塗れの懐紙の写真のなかで嫌みなほど美しい字がその細面でこちらを見ていた。

「…奴さん、何か変じゃねえですかィ」

 窓際、といっても外が見えるわけではない、通気口の役目しか果たしていない木枠の傍らに座した沖田を振り向いて見た近藤と山崎は疑問に眉を寄せた。土方だけはかすかに肯く。

「不意打ちを狙った相手は新人のヒラ隊士だろィ。警戒される前なら期を見りゃあもっと上のポストの奴も始末できたんじゃねえのかィ」

 確かに沖田の言う通り、何か妙だと土方も感じていた。真選組に手を出すは、即ち幕府に反旗を翻すということ。それなりの覚悟が必要であるし、また綿密な計画なしでは即座の捕縛の後の打ち首は必至だ。
 首桶を送ってくるあたり狂気に満ちた覚悟を感じるし、いまだに証拠のひとつも掴めない所を見ると計画は練られたものであることがわかる。だがそれにしては標的がおかしいのだ。

 機密情報など全く知らないに等しい新人隊士。精神的な問題を除けば、殺されたところで頭数が減る以外に損害はほとんどない。その痕は認められなかったが拷問にかけられていたとしても吐けることなどたかが知れている。
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