短編小説

□声が足りない
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「あうっ」

 項に歯をたてると土方がはじめて声をあげた。羞恥に赤みが増した項とぷるぷる震える肩。

「痛ェのがいーの?」

 一度出てしまった声は堰を切ったようにとめどなく土方の口から流れ出した。
 それでも堪えてはいるようでかぼそく細い弦が震えるような嬌声は教室のなかでたいして反響もせずに消えていく。

「ぁ、や、くぅ…っ、」

 泣きぬれた頬に張りついた一筋の髪が艶な雰囲気を醸し出して、高校生にはない色気が銀時の脳髄にびりりと刺激を与えた。

「はふ、ァ…っ!!あ、ゃ、」
「せんせ、オレ」
「うぁ、あっ……っ!」

 土方の腰が強く震えて、一瞬の硬直のあとに弛緩する。かるく痙攣した太腿の滑らかさにそそられながら、引き抜いて銀時も熱い精を吐いた。

「…っ、ひう」

 白濁を浴びせかけられて、だらりとしていた上半が揺れた。

「は……、ぅ…」
「先生はずるい」
「ふ、う…」

 教卓にうつぶせたまま顔を覆って泣く土方を後ろから抱きかかえる。
 細身とはいえ、成人男性の体躯。

「…好きになってよ」

 顔をあげさせると、焦点の合わない怯えた目が徐々に銀時を映した。それに連れて土方はすこしずつ表情を作っていって、最後には。

「…阿呆」


 困ったように笑ってみせたのだった。


「せんせい」


 やはり、これは先生という生き物なのか。
 銀時は土方と対照的に色を失ってゆく自分に気づき必死に取り繕おうと笑顔を作ろうと試みる。まだ十七の銀時に、そんな器用なことは、できない。

「…ひじかたせんせい」

 ずるりと教卓から落ちた土方が、床にまるまっていたワイシャツを肩に羽織るのを見ながら、銀時は一歩後ろへ退いた。
 すぐに背中が黒板に触れて、もうそれ以上土方から離れることができなくなる。

「ひじかた…」

 涙の理由などわからない。その熱さと冷たさの理由など知りたくもない。好きでいたのだ。優しくしたくてでも手ひどく抱いてしまってせめて想いを正しく伝えたかったのに。


「せんせい」

 嗚咽が止まらなかった。曇天の空はもう光もなく、普段なら夕暮れで赤いはずが青灰に沈んでいる。カーテンすら閉めていなかった。

「なんでお前が泣くんだよ」

 呆れたように、困ったように、やはり微笑を崩さない土方はひたすら銀時に絶望を撒き散らしていく。

 伝えたい言葉は大人ぶったその笑顔のうえで上滑りをして、深く深く雲のなかへ埋まってしまう。
 手向かって漏れる嗚咽を本当は堪えたいのにとどまらないそれに、銀時はずるずると座り込んだ。

 土方と向き合うような形で、銀時はひたすら絶望に哭いた。


「坂田、……ごめんな」
「教師ぶんじゃねぇよ」
「でも、ごめんな」


 顔を上げなくても、いま土方があの笑みを浮かべていることは想像に難くない。
 銀時は腕に顔を埋めて声をあげた。

 悲痛なその声に、土方の腕が銀時にまわされて、抱きしめられた。
 身をよじればかるく振りほどけてしまいそうなその力加減がやはり銀時には悲しく、目を瞑った。


「ごめん、坂田」




 土方も涙の冷たさに震えていることに、銀時が気づくことはなかったけれど。











 降り出した雨がざあざあと耳に鳴って、止まなかった。







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