HighSchoolJump

□崩れた日
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 高杉坂田桂坂本。四人は幼なじみだった。高杉と桂は赤ん坊の頃から同じ施設で育ち、坂田は五歳でそこに来た。坂本は施設の近くに住んでいた金持ちの家の御曹司で、親が留守をしがちだったこともあってよく施設に来ていた。
 高杉は、二歳年上で裕福で、なのにそれを歯牙にもかけない坂本が幼心に嫌いでならなかった。だからよく些細な悪戯をして困らせていた。坂本は上手く困ってくれなかったが、それでも溜飲が下りる気がしてよく悪戯をした。
 虫を忍ばせ靴を隠して、かなり陰湿な手口にもかかわらず坂本は笑って、困ったぜよ困ったぜよと言った。それから悪戯は段々表面化して、悪戯というより小突くことが増えた。高杉はよく坂本の頭をぽかりと叩いた。それも坂本は痛いぜよと笑った。
 坂田が施設に来た頃には高杉の悪戯もマンネリ化して、どうしたものかと思っていた。坂本が小学校へ行くようになってしまって会う時間が減っていたこともある。だから坂本本人に聞いてみたのだ。
(悪戯で何して欲しいか言え)
 坂本は、あっはっはと笑って、困ったぜよ困ったぜよと言った。晋助おんしは扱いづらいの、と笑う、小学校二年生になる坂本はすこし大人びすぎていた。
(何でもしてくれるっちゅうなら、ちゅーしてくれんか)
 坂本が大人びすぎていたのに比べて当時高杉はすこし意地の悪いだけの普通の子供であった。保育所も兼ねた施設から外へほとんど出たことのない、公園では立派なガキ大将だったが強要される集団生活を経験したことのない高杉は子供じみていたといっても良いのかもしれなかった。ただ高杉がわずかに五歳ということを鑑みれば年相応であったに違いない。
(ちゅう)
 意味はわかったが意図を計りかねた高杉が首を捻るより前に、坂本の唇が高杉の唇にふんわり重なった。
(おんしのこと、わしは気に入っちゅう)
 悪戯をするのはオレのはずだったのに、と文句を言った高杉に坂本は、そういう所を好いとうと笑った。
 それから高杉と坂本が二人でいる時間はすこしずつ増していった。


「鞄取ってきたっス!」

 晴れやかな笑顔でまた子が屋上に戻って、回想は変に甘く終わった。また子の手には高杉のぺらぺらの鞄と、負けず劣らず軽そうな鞄。

「よく鞄取って何も言われなかったな」
「気分悪いってウソついちゃったっス」
「…二人分の鞄持ってんのになあ…」
「あ、それはバレなかったみたいっスよ。鞄が薄いスから」

 英語教師の目の節穴ぶりに特に感謝もせずに、半分吸った煙草を吐き落とした高杉はまた子から鞄を受け取る。別段何か入れた覚えもないのに数ヶ月でもうくたびれている鞄に眉を寄せた。

「なんか汚ェな…」
「晋助さま、ランドセルもボロボロにしたタイプっスね」
「覚えてねえよんなもん」
「…小学生の晋助さま、絶対愛らしいっス!」

 うきゃあと飛び上がりそうな勢いで言ったまた子の持つ鞄には、きらきらとしたチャームがいくつか付いている。妙に大きいぬいぐるみをぶらぶらさせている女生徒が何をどうしてあんな所に鼠だの熊だのをぶら下げているのか理解できない高杉は、また子がいつかぬいぐるみを付けるようになったら聞いてみようと思った。
 屋上から出て、靴箱までだらりと続く階段を降りる。ちゃらん、とまた子の鞄のチャームが揺れた。

「えすえむ」

 チャームに付いたアルファベットの形のプラスチック。

「え、あ、違うんスよそういう意味じゃないっスよ!」
「サディスティックマゾヒズム」
「だから違うんスってば!」
「どっちだよ」
「どっちでもないっスよ!」

 その二つの、Sと、Mがぶつかるたびにきらからと軽い音をたてる。どっちかといえばまた子はMだろうな、と考えてけたけた笑う。

「何なんスかっ」
「…色気のある話が似合わねえなァ」
「な、何なんスかあ!今の話に色気なんかなかったじゃないっスか!」
「色気に持ってけねえから、似合わないって言ってんだ」

 チャームがきらから鳴る。

 靴を履き替えて校門まで歩き出すころにはまた子のバッグチャームの話はこれから何処で食事にするかという話題にすり替わっていた。

「駅前だと、うちの生徒に会っちゃうっスね」
「別に構わねえだろ」
「もっと落ち着けるほうが、晋助さま好きじゃないっスか?」
「ああ…」

 肯定否定どっちつかずな声音に、どっちスか、と言いかけたまま、口をぽかんと開けたまままた子は立ち止まった。
 校門に横付けされた真っ赤なバイクに、サングラスをかけた読めない表情。派手な出で立ち。

「待っとったぜよ」

 自分に向けられたのではないと確実にわかる笑みを浮かべた坂本辰馬に高杉晋助は奪われてしまうのだと、また子はほんのり予感した。
 奪うも何も手に入れてさえいないのに、とすこし自嘲した。
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