HighSchoolJump

□崩れた日
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 高杉は煙草のフィルターを噛んで、まだ長い煙草を吐き捨てた。また味が薄くなったような気がした。これ以上重いものはこの銘柄では無い。気に入っていたから変えたくはなかったが、軽く感じてしまういまでは何が気に入っていたのか定かではなくなってしまった。
 はじめて煙草を吸ったときも、こんなものかと思った。昔、ずっと昔の夏の日に嗅いだ線香花火の匂いに似ている気がした。
 吐いた煙草を踏み潰して屋上の床に跡をつけると、屋上の鉄製扉を開けたまた子が晋助さま、と呼んだ。

「授業サボるんスか?」

 授業は残りあと一時間。昼休みからそのまま屋上にいた高杉はまだそんなもんかと思いながら肯いた。

「ここにいてお邪魔じゃないっスか?」

 扉から覗きこんでいるまた子にまた肯いてから、新しい煙草に火を点けた。

 成井高校に入ってから、高杉に声を掛けて来た数少ない生徒の一人がこの来島また子だった。女生徒では(単純に体の関係を求めてくるあばずれの先輩を除けば)唯一の人間ということになる。即物的な高杉にとってもこのまた子だけが、考えつく限り唯一手を出していない女性といえた。
 引き際をわきまえた快活な性格を高杉も気に入り、色気も素っ気もないままなんとなく時を過ごして数ヶ月が経った。

「授業ふけんの珍しいな」

 煙草の煙を吐き出すために口を開いたついでに声をかけると、後ろで壁に背中を預けて座っていたまた子は笑った。

「ほんとは、晋助さまがあんまり授業出ないから呼んで来いって言われたんス」
「先言えよ…」
「あ、出るんスか?」
「出ねェ」
「やっぱり出ないんじゃないスか」
「…何を一緒になってサボってんだ」

 呆れた声を出せば、私だってサボりたい時くらいあるんス、と返事が返って来た。手すりにもたれていた高杉が振り向くとまた子が眩しそうに高杉を見ていた。
 入学の時は濃紺一色だったセーラー服もいまでは白の占める割合の方が多い夏服へと変わっている。ぬるい風にスカーフがゆらゆら揺れていた。
 赤いそれを見ていた高杉に、また子はそういえば、と思い出したように言った。

「さっき、また晋助さまを探してたっスよ」
「誰が」

 また子の金髪が揺れて白い額が覗いた。高杉は数ヶ月目にしてようやく、もしやこの少女は頭に美がつくヤツなんだろうかと思った。そういえば顔をまともに見ることなど無かった。今まで抱いたどの女にもそれは共通していた。顔なんてさして問題ではない。

「坂本先輩っス」

 また子の金髪を追って外した目が、汚い灰色の壁を見た。高杉は笑みを抑えきれずに口の端を上げた。自嘲と軽蔑の笑みを堪えきれずに渇いた笑い声をあげた。

「……くく、今さら、なァ」

 また子は複雑な面持ちで高杉を見てから、口を開きかけてまた閉じた。坂本なる人物が高杉について聞いて来るのはもう数回目で、それを高杉に伝えるのも同じだけ。どんな関係なのか知りたかったが、聞いてみたことはなかった。

「晋助さまっ、お昼食べてなかったスよね?私もなんスけど、どっか行かないっスか?」

 また子が無理に話題を変えるのも毎度のこと。

「…めんどくせえ」
「私、教室から鞄取って来るっス」

 立ち上がったまた子はぱたぱたと軽い足音をたてて屋上から出て行った。

「…人の話を聞け」

 見えない後ろ姿に向かって呟いてから、高杉は煙草に唇をつけた。
 坂本、という名にまとわりつく苦い記憶が煙草の苦みより強く喉を突いた。
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