雨露

□第三話
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 放っておくのも放っておかれるのにも慣れている。それでもここ数日の真選組の変化が気にならないといえば嘘になった。

 銀時は既に何度もページを捲ったジャンプをもう一度開いて、気のないままぱらぱらと流し読んだ。神楽は定春の散歩と称して遊びに出かけ、新八はどうやら掃除をしているらしい。奥の部屋からたぱたぱとハタキの音がする。

 真選組になにか異常があったらしいと、そう思ったところでそもそも武装警察なんて役所であるのだから異常のないことの方が珍しいのだ。土方はいつだって会うたび疲れた顔をしているし、最近平和だといったとしても蓋を開けばテロ予告に暗殺未遂事件がちらほらと起こっている。

 それらは銀時が身を置いていた攘夷戦争の忘れ形見として、いまも、鍋底にこびりついたコゲのように平和な現実に拭えない影を落とす。

 確かに現実は平和なのだ。
 平和だからこそ、一つの陰りがこれほど異様に目につくだけで。

「銀さん、僕ちょっと買い物出てきますから」

 和室の襖を開けた新八が、姉さんかぶりをした手ぬぐいを居間の机に畳んで置いて、銀時に声をかけた。

「あれ?買い物行けるような金あったっけ」
「悲しいこと言わないでくださいよ!どうにかこうにかやりくりしてんですからね、てか働けよあんた!」
「仕事がねーんだから仕方ないだろうが。依頼されたら何だってやっちゃうよ。いまだって電話鳴ったらもう一瞬だからね。一瞬で仕事モード入るからね。オレこれでも切り替えは早いタイプだからね」

 白々しく言い切る銀時を新八は冷たい視線を向ける。

「いやあんた営業も売り込みもしないんだから、依頼の電話なんてそうそうかかってくるわけないじゃないすか」
「その何でもかんでも前に出してくさァ、そういう風潮って好きじゃねえわけ。何なの最近。やれ婚活だー就活だー、そんなんしてっから肝心の結果が伴わねェんだよ。やっぱ男はね、どーんと構えて自分からは動かないくらいのアレがないと。プライド持っておかないと」
「婚活はともかく就活は大事ですよ確実に!ていうか僕もハローワーク通おうか真剣に悩んでますからね!タウンワーク並んでるラックの前で一瞬足が止まっちゃうんですからね!」
「企業も女も一緒だよ。誰にでも手ェ出すような野郎はお呼びじゃねえの。効率よく立ち回ろうとするヤツよりね、結局強いのは一本芯の通ったようなね、落ち着きあるヤツなの」
「いや…就活にも婚活にも敗れたようなあんたに言われても説得力皆無なんですけど。全然響かないんですけど」

 新八の冷静なツッコミの直後に、けたたましく電話が鳴った。
 年代物の黒電話の立てる高いベルの音に勝ち誇った表情で銀時が笑う。

「ほおらな。こういうこった。履歴書に書ける資格が英検しかなくて焦るようなヤツとは器が違ェんだよ」
「はいはい、わかりましたからはやく出てくださいよ。どうせセールスなんですから」

 じゃ僕買い物行って来ますから、と新八は電話の内容が仕事の依頼だとは微塵も信じていない様子で言う。

「おめ、これで依頼だったら泣かせっからな。内定取り消し通知毎日郵便受けに投函すっからな」
「わかったからはよ出ろやァ!!」

 銀時がようやっと受話器を持ち上げると、ベルが止まる。
 もったいぶって耳をつけると聞こえた声は期待外れのような期待通りのような、一瞬前までであれば何より誰より嬉しく思っただろう、土方のものだった。

『出るの遅かったな。忙しかったか』
「え、あ、いやいやいや全然!」

 新八をちらりと見れば、その顔は電話の相手を特定できていないようで怪訝そうだ。

「…あ、あー!お久しぶりですほんっとねー!他に仕事もないですしどんなご依頼でもやっちゃいますよまじで!」

 いまさら土方からの電話だと言うのも癪で、銀時はこれみよがしに声を張る。
 電話先の土方は銀時の態度を妙と思って声を落とした。

『…やっぱりこの前のことか』
「え?何がですか」
『何も言わねえで帰ったこと、怒ってるか』

 普段にはないような殊勝な態度を見せる土方に、そんなことはないと即答したいのに目の前には新八。
 依頼なのか半信半疑なその視線にさらされた銀時は努めて依頼先に言うように言葉を選ぶ。

「やだなァ、そんなわけないじゃないスか。僕とあなたの仲なんですから」
『やっぱり根に持ってんじゃねえか』
「違いますってほんと。これはなんていうか、仕方なくでね、決して本心ではなくてですね」
『めんどくせェ野郎だな。怒ってんならそう言えっつってんだろうが』
「いやだからそんなことないですってば」
『じゃあなんだその敬語は』
「え?何?フランクなほうがお好き?」
『怒ってんじゃねえか!』
「違うっつってんでしょうが!」
『だからなんだその敬語は!』
「こっちが聞きたいわ!」
『いやオレが聞いてんだよ!』
「オレだよ!」
『オレだ、
「あ、土方さんですか」
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