HighSchoolJump
□平日
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生徒会の仕事が長引いてしまった。
壁時計を見上げるともう短針が五を指している。部活は基本的に八時までだから、いまから行ったら三時間の練習時間は確保できることになる。三時間。剣道部は準備も片付けも時間がかかってしまうから、賞味二時間半、といったところか。
教室に鞄だけ取りに来たオレはすぐ扉のほうへ足を向けた。向けたが、止まる。
扉についたガラスを通して見慣れた顔が覗いていたからだ。にやついた顔に胃がむかりとした。
「何の用だ」
がらりと教室の戸を開けてそいつ、そいつらを睨む。
染色しすぎてばさばさになった髪は汚らしく額にかかっている。似たり寄ったりの数人の容貌。進学校にあるまじき頭の悪そうなこいつらは実際、大変馬鹿だ。
オレより一歳年上なのが腹立たしくてしょうがない。
「ちーす副会長さん」
「…何の用ですか」
一週間前、校内喫煙を取り締まって停学に処した間抜けなヤツらだ。吸うなら完全犯罪をしろ。…いやオレも校内で、たったひとりにだけ、気づかれたが。
「一週間の停学中にね、ちょっと思ったんだよね。さすがにあと半年の高校生活でこれ以上停学にされたらたまんないなあって?」
「…じゃあ煙草控えたらどうですか」
「あんたさあ、なんか知らんけどくそ真面目に取り締まってくるじゃん?…だからなんつーか、まあ、ちょっと話し合いをしましょうっつーか?」
疑問形のわりに、オレは三人の阿呆に囲まれて、どうやら逃げ出すことはできそうにない。
三時間の練習時間はぱあになりそうだ。
(あ、そういやあ、今日練習のあと道場の掃除する日だな)
思いながらべたに校舎裏に進んでいく、汚い茶色をした男たちの後頭部を見て、どうせ染めるならもっといい色はなかったのか、なんて思った。
(そういや、あいつは)
染めてもいないのに銀色をしていた。
なんだか知らないがちりちりする。入学式のことを思い出すといまでも顔から火が出るほど恥ずかしいが。
銀色なんて目立つ色をしているから校内はそいつの噂で溢れかえった。聞くたびになんだか知らないがちりちりした。何がちりちりしていたのか。
(坂田くんが、)
(放課後)
(付き合ってはくれない)
いつか現場見つけてしょっぴいてやろう。そう思うが現場なんて実際見たくはない。
「…で、まあ副会長さんが、これ以上オレたちになんっにもしないっつーならそれでいいんですけどね」
人気のない、夕陽が赤く黒く差し込む校舎の陰。あまりにべたというか、べたというか、べたというか。
「…馬鹿じゃねえの」
思わず口を突いて出てしまった本音。だって阿呆らしすぎる。こんな所で、何をしたって、そんなの意味がねえのに。
がん、と腹を蹴られた。
痛い。でもこんなの何の意味もねえじゃねえか。阿呆か。
「う、ぐ」
「…ただムカつくから殴らせてって、そんだけだからさ」
腹を庇うと背後から背中を蹴られた。よろける。反撃、反撃は、だめだ。こいつらは後で絶対停学にするとして、オレは、オレが暴力沙汰を起こしたら剣道部に迷惑がかかる。
「…っ、てめえら、退学も覚悟しとけよ」
「そういうのは困るってば」
「誰にも告げ口したくなくなるくらいに殴ってやるから」
「あ、顔はやめろよ、目立つから」
いまどきこんな高校生、いるんだろうか。本当脳みそかっすかすだな。どんなに殴られたってそれにビビるほどオレはヤワじゃねえし。
腹ばかり狙われて殴られるから胃の内容物がだんだんせり上がって来る。あ、クソ、吐いたら、こいつらの思うツボだろ。馬鹿。
殴られるたびにびりびりと頭が白くなる。ああ、怪我したら剣道できなくなるし、それは困るんだがな。
「こいつ意外と打たれ強いなあ」
「な、一回だけ顔殴りたくねェ?」
「ばあか、さすがにそりゃ無理だっつの」
よろり。
よろけて後ろの校舎の壁にぶつかってそのまま前のめりに倒れかけると、髪を掴んで引き戻された。
殴られるのは結構体力を使う。
「おい、水持って来いよ」
ぜぃぜぃ息を整える。体がばきばきに痛む。大丈夫。過ぎてしまえばどうってことはない。
強引に立たされている姿勢で視界に入って来たのは水の張った掃除用のバケツ。馬鹿の考えることはいまいちわからないが、このバケツの水の用途はなんとなくわかった。
「顔突っ込んで」
掴まれた髪をバケツのなかへ引っ張られて、抵抗もままならずにオレは水中へ顔を沈めた。やっぱり馬鹿の考えることはよくわからん。これじゃあ下手したら金田一少年の事件簿に載るぞ。