雨露
□第四話
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屯所に警戒警報が鳴り、広間に全員が集った。その異様な緊張は隊士の目を血走らせる。
(これは、まずい)
土方は肌で感じる。
これは、まずい。
負け戦かもしれないと感じる自分がいた。
「隊長以下の隊士は全員私服で行け、相手は隊服を着てる。市中についたらまずは住民の避難を最優先に、ただし隊長格の隊士は全員戦線に出ろ!」
一瞬、隊士らの間に動揺が走る。彼らにとって隊服は一種のプライドであり、それをまとうことにアイデンティティがある。
公私の区別は制服でなされ、暑い重いと言いながら、人を斬るときも護るときもいつも必ず隊服は彼らの鎧であり御旗であった。
「時間がねえ、一番隊から五番隊までの隊長はすぐオレと現場へ向かう。他は隊士を待って出動、十番隊は屯所待機。今の所被害はかぶき町周辺。周り囲んで奴らを逃がすな」
「避難させた住民に敵が紛れ込んでる可能性は」
「無差別テロならあり得るが、奴らは謀反を真選組の仕業にするよう隊服まで用意してる。そこで一般人の格好の人間が住民を殺したら真選組に罪を被せることが難しい。住民を襲うことはねェと見ていいが、隙をついてこちらを襲ってくることはありえる。気は抜くな」
いいか、と土方は迷いに揺れる隊士の頭上で声を荒げた。隊士を鼓舞するために、何より自分を叱咤するために。
「これは明らかに真選組壊滅の陰謀である!だが隊服がどうした、我らが信念はただ刀と己が魂にのみあると心得よ!」
今も市中で民が惑っているというのなら。
土方の後を継いで、隣で静かに腕を組んでいた近藤の眦が上がった。
「オレ達の指名は江戸の護衛!それ意外は一切を度外視して構わねえ、行くぞ!」
たとえ御旗を失っても自分たちは斬ることも護ることも止めることはできない。それを賊軍ということに気づいて一瞬背がひやりとした。自分たちとテロリストの違いを、何と言おう。
青天の霹靂などではない。自分たちは常に曇天の下で生きているのだから。
足元が崩れるような心地がしながらも街へ向け走り出したその腕をがっしりと掴まれて、土方は振り向く。
「トシ、オレも行く」
「…近藤さん、あんたは」
「いや、違うか。オレについて来い、が正しいのかな」
「だが」
「行くぞ!」
前を駆ける近藤の背を追い、制止の声を呑み込んだ。近藤こそが真選組の御旗であることを思った。