短編

□南風様への送歌
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「さてと、得たいものは得ましたね」

そういうと“鈴の音”バルフレット・エイブスは空気に溶け込む。
エイブスは歴史の本文(ポーネグリフ)の情報を求め海軍本部に潜入していたのだ。
自分が海軍に対し行ったことも重々承知しているので潜入に多少後ろ髪を引かれるが、歴史の本文(ポーネグリフ)の情報に関してここ以上に正確なものはない。


―――利用できるものは利用しなければ……という奴ですね。……はぁ、なんだかあいつらと同じ考えになってしまっている。イヤなことです。


自嘲混じりに笑うエイブス。しかしその表情も声も空気に溶け込んでいる今、気づく者はいない。


―――そういえば、こっちは……


そんなエイブスがふと目を向けた先、そこには友人が部屋を構えているのを思い出した。そうだ、久々に友達の姿を人目見ておくか。どうせサボっているんだろうから。
…と、エイブスは軽い気持ちで彼の部屋が見える方へ風を流した。






【よろしくと伝えて】






―――おや、いないようですね。珍しい


エイブスは開いた窓から部屋を覗く。アイマスクをして寝ているというエイブスの予想と反し、部屋は無人のようだ。


『クザンクンをさがしているの?』


―――ええ。久々に間抜けな寝姿を見に来たのですが……


『クザンクンは今、カイギだよ』


―――カイギ?ああ、会議ですか。なるほど、大将ともなるとさすがにまじめになったんですかね……って!?


エイブスはそこで言葉を止める。確か自分は今、空気に溶け込んでいるハズだと。なのに普通に何かを会話している。まさかそんな……

そんな感情が頭を巡ったエイブスはゆっくりと声の方へ視線を向けた。


―――!?


エイブスは驚く。部屋は無人ではなかった。自分を見上げるように立つのは癖の強そうな黒髪に少々目つきの悪い緑の瞳を持つ少年。
けがをしているようで黒髪と一部と左目を覆うように包帯を巻いていた。


『じゅーよーな話だっていってたよ』

少年はまっすぐ窓の外にいるエイブスを見る。エイブスは空気でありながらも困ったなと思った。


―――僕が見える・・・・・・なんて訳ないですよね


『うん。見えないよ』


―――……。


『見えないけど"聞こえたんだ"』


―――聞こえた……??僕の言葉が?


『うん』

少年は頷く。エイブスは目を丸くした。どうやったら空気である自分の言葉が聞けるのだろう。


―――まさか、見聞色の覇気……??


『けん……??なぁに?』

首をちょこんと傾げる少年。エイブスは窓枠に座る。


―――そんな訳、ないですよね。こんな幼い子が


『??』


―――ああ、すいません。そうだ、君の名前は?


『アルト。ノティ・アルトだよ。キミは?』


―――僕は……


「エイブスと言います」

『!』

エイブスが空気から実体に変わる。窓枠に座った姿で現れたエイブスはアルトにニコッと微笑んだ。


「空気の僕を見つけたのは君が初めてです。アルトクン」

『そうなの?』

「おや、あまり驚きませんね」

先ほどと変わらない表情。もっと驚いてくれるのかと期待していたエイブスは少しガッカリした。しかし、アルトは首を横に振る。


『すごくびっくりしてるよ』

「…?そうは見えませんが」

『ちょっと待ってて』

「え?」

アルトはそういうとエイブスに背を向ける。エイブスは子供らしい自由な行動について行けず、目を丸くしていた。
しばらくしてアルトは手に大きなカップを持って来る。


『はい、これあげる』

「?」

そう言ってアルトはコップをエイブスに差し出した。


『クザンクンのカップ。キレイなのに入れた』

「……ありがとうございます」

アルトはエイブスの言葉に納得したのか、窓際にある本の上に置いた小さめのカップを手に取った。


「……(妙に甘い匂いのするコーヒーですね)」

カップを受け取ったエイブスは眉をひそめ、カップの中を覗く。茶色い液体。カップを軽く揺らすとコーヒーよりもとろみのある……隣でゴクゴクと同じものを飲むアルトを見て仕方なく一口飲むと口に甘さがぶわっと広がった。


「甘っ……」

『ホットチョコなんだ。クザンクンがくれたの』

「なるほど……。ところでアルトクン」

『?』

「君はこれをおいしいと思っているのですか?」

『?うん、おいしいよ。これダイスキだもん』

「……本当に?」

首を傾げるエイブスにアルト傾げ返す。少しの間を経て、アルトはエイブスの疑問の根幹を理解した。


『ああ…えっと、ぼくはひょうじょうが変わらないらしいんだ』

「顔に出ない……ということですか」

『うん』

アルトは同じ表情で頷く。その言葉に嘘は無さそうだ。


「なるほど……」

エイブスは納得したように首肯する。そしてカップを手に尋ねた。


「アルトクン。君にもう一つ質問があるのですが……」

エイブスは次の言葉を出すか、少し戸惑った。アルトは首を傾げる。


『なぁに?』

「その……君とクザンクンの関係は何ですか?まさか“息子”とか…いいませんよね」

『そうだよ』

「ブッ……!!?」

即答するアルトの言葉にエイブスは思わず吹いてしまった。慌てて口を押さえる。


「(クザンクンいつの間にこんな大きな子を……!!?)」

『―――と一度はウソをいえとガープサン言われた』

「へっ……嘘?」

『うん、ウソ。クザンクンはぼくの“こーけんにん”なんだ』

「……“後見人”ですか。つまりアルトクンの身分を保障するためにクザンクンは自分の籍に入れたのですね」

『ん。……ところでキミはクザンクンの“ともだち”なの?』

「え?」

アルトの言葉にエイブスは驚きの声を上げる。


『エイブスクンはクザンクンをクザンクンと呼んだ。だからともだちと思った』

「……ええ。友達ですよ」

『じゃあさ……』


コツ、コツ、コツ……


「!」

『クザンクンだ』

廊下を歩く足音にアルトはドアに一瞬目を向ける。エイブスは頭をポリポリとかいた。


「(さすがに会うわけには行かないなぁ)」

『エイブスクン、クザンクンが……』

「アルトクン」

『?』

エイブスはアルトの言葉を切った。その真剣な声にアルトは口を閉ざす。


「クザンクンにエイブスがよろしく言っていたと伝えておいてください」

『伝える?クザンクンもう帰って……』


ガララ…


『!』

ドアが開く音が聞こえた瞬間、目の前にいたエイブスが消えた。アルトは驚き目を見張る。


「アルト、今帰ったぞ」

『??』

「おい、アルト?」

『……エイブスクン?』

「?」

アルトのつぶやきは青キジの耳には届かず、青キジは首を傾げた。














それから10年の時が流れる。




『見つけた』


―――え?


『そこにいるんだろ?エイブスクン』


―――なぜ……僕の名を??


いや、それを聞きたいのではない、とエイブスは思った。名前以前になぜ、空気の自分がここにいるとわかるのか……。
怪訝な思いをするエイブスは目の前にいる板チョコを食べる黒髪の青年を見た。


『忘れた?……いや、それはそうか。キミと会ったのは10年も前で10分程度。覚えている方が難しいか』


―――10年前……?空気の僕を見つけ……!!


「アルトクンか…!!」

空気に溶け込むのをやめ、姿を現したエイブス。アルトはエイブスを見て安堵する。


『ああ、よかった。久しぶりだね、エイブスクン』

「大きくなったねェ〜」

『まぁね』

エイブスはアルトを見上げ、上から下まで眺める。
昔見下ろしていた少年は立派に成長していることにエイブスは一種の感動を覚えていた。
が、しかし・・・・・・


「“正義”・・・・・・」

エイブスはアルトの左足にかかれた“正義”を見て訝しげな声を上げる。


『ああ。今は海軍本部准将をしている』

「……そうか。海軍に入ったのか」

予想はしていたものの、それが現実となったことにエイブスの瞳の色が悲しいものになった。アルトは板チョコを食べきるとエイブスに言う。


『キミのことは聞いたよ、“鈴の音”バルフレッド・エイブス』

「……バレちゃっいましたか。で、キミは僕を捕まえに来たの?」

エイブスは警戒を強める。しかしアルトは首を振った。


『いや。そんな指令は受けてない』

「!?」

『僕はキミに会いに来ただけだ』

「へっ?会いに来ただけ?」

『そう』

出会ってから変わらぬ調子で言うアルトにエイブスは頭に“?”を浮かべた。


「会って…どうするんです?」

『ん?ああ……う〜ん、そうだな。おいしいケーキと一緒にお茶でも飲もうかな』

「はあ??」

拍子抜けした声を出すエイブス。アルトはそんなエイブスに手を差し出した。


『あのとき僕はもっとキミと話したかった』

「……アルトクン」

『今度はクザンクンによろしくとは言わないけど、いいかい?』

「!・・・・・・ああ」

エイブスはアルトの手に自分の手を添える。ギュッと握手を交わした。





Fin
 

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