基本銀新2

□慟哭(完結)
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寒かった。

足の先は感覚がない。斬りつけるような冬の風。氷の粒でも混じっているのか、雨まじりのその風は身体を芯から凍らせた。

まだ昼間の時分なのに鉛色をした空は今にも落ちてきそうな重ったるさ。吹き付ける寒さから少しでも逃れようと俺は身を縮めて荒れ果てた野を歩く。戦場となった田畑は踏み荒らされ、死体がまるで人形のように倒れた姿を晒す陰惨な場所。


くそ…家に帰りたい。

そう思うが、自分に家なんぞないことに気がついて笑った。われながら10を少し過ぎたばかり餓鬼の笑いでないことは水溜りに映った自分の顔でわかった。どこかうつろな目をした泥だらけの餓鬼の乾いた笑い。





少しでもなにか…腹の足しになるものを手にいれよう。それだけの思いで死体の間を歩き、食い物か金になりそうなめぼしいものをあさる。




『幸せだと口に出すと幸せになるんですよ』

ふと何気なく思い出す。

どこで聞いたのか柔らかい声。
こんな声も台詞も聞いた覚えがないが、なんだかあったかい気分になった。どこで聞いた誰の言葉だったのかと凍えながら頭の隅で考える。


死体の腰に結わえてあった乾飯の包みを見つけた。寒さと空腹で震える手で引き出す。水に浸す余裕もなく、乾いた硬い塊を口にいれる。風の冷たさに顔を上げていられない。俯いたまま死体の傍で飯を食らう。空が暗くなった。これから雨が激しくなるのかもしれない。さっきの声を思い出そうと必死になった。辺りの気温が下がったような気がして体が震え始めた。





「幸せだ」


呟いてみた。

とても孤独で馬鹿ばかしくて笑いそうになった。














松陽先生に拾われてからは飢えることは無くなった。

寒くもない。仲間も出来た。生きる意味がみつかった。学ぶことと剣を使うことの意味を知った。

自分はもう昔の寒さと飢えに震えた孤独な餓鬼じゃあない。彼の教える国とはなにか、武士とはなにかを考えるとき自分は一人ではなかった。すがるものが出来た。生きる意味が出来た。昔の、あの柔らかい声を思い出すことはなかった。








そしてまた、戦場に立っている自分に気がつく。

血にぬれた白夜叉。死体の間に立ちすくんだ自分はあの餓鬼の頃の自分と全くなにも変わってない。



教え導いてくれた師はもういない。

「理想」だの「武士の魂」だのなんてものは長く不毛なこの戦いでなにもかもぐずぐずに崩れてしまった。なぜ戦っているのかすらわからない。暗澹たる気持ちで曇天を仰いだ。あの柔らかい声がどこかで聞こえた気がしたが、なにも感じなかった。




武士でない自分はすでになにものでもなかった。戦場で凍えながら死体の横で飯を食うあの餓鬼のままだった。


たとえ屋根のある場所で眠ろうと温かい飯を食おうと、あのしんしんとするような孤独感がうっすらと背中に張り付いてそれが常の状態であった。
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