沖田総受4
□海ゆかば2(完結)
1ページ/7ページ
「ほら、沖田君、飲みたまえ」
上官に酒を勧められれば断るわけにはいかねえ。俺はくそったれなんて思いながらグラスを傾ける。
俺の手の中にあるのは優雅なラインを描いた海の青のようなブルーのショートゴブレット。下が紡錘形になったカラフェに入っているワインはどうせ下々のものからの上納品だろう。
士官でも二番目の格にある伊東中佐の部屋は艦隊の中とは思えないほど品よくまとめられていた。
伊東はジャケットを脱いだシャツだけの常服だ。くつろいだ姿で悠然とソファーに座る伊東に対して俺は白の詰襟ホック留の長ジャケットの軍服のままで無言でグラスを傾ける。
コイツの部屋だと思うだけでどうも尻がもぞもぞとおちつかない。
「もうちょっとくつろいだらどうだい?」
「…ほかの方々はいついらっしゃるんですかぃ?」
今日は飲みながら親睦をふかめよう…なんて胡散臭い誘いだったが、一応その他の士官たちも来るようになっていたはずだ。だが、軍人でも華族の出らしく優雅に細部まで意匠に凝ったこの部屋には俺と伊東の二人しかいなかった。
「さあ、用事ができたんじゃないか?」
伊東は眼鏡を人差し指で押し上げ、うっすら笑いながら俺にさらに酒を勧める。
俺は黙って杯を傾けた。
嘘つけ。はなっから二人きりのつもりだっただろう。コイツはこういう絡め手でくるから性質が悪い。やたらうまいこの葡萄酒を平織りの高そうな布の掛かったソファーにぶちまけてやろうか。
「酒、強いんだね。沖田君」
伊東は向かいの一人掛けソファーから立ち上がり、俺の隣に座った。
黒布張りに銀の縁取りのある猫足のソファーはそんなにでかくない。直ぐ傍に伊東の息遣いが聞こえるほどの距離となった。
「さ、飲みたまえ」
…酔いつぶす気か。
俺は内心うんざりと眉をあげる。
上官から進められた酒は断れねえもんな。
ったくやることがいちいち卑怯だ。これで「品の良い」お坊ちゃまエリートだなんて信じられねえな。やることは平民出の俺のほうがよっぽど品位があるけどな。
「さあ」
「へえ。いただきやす」
それでも俺は注がれた酒を素直に飲み干した。同じ士官でも連隊長の中佐のコイツと中隊長の中尉の俺では立場が違う。断ることはできねえ。
「うまいだろ?この酒」
「…そうですねぃ」
満足げな伊東の笑みに内心舌をだし、殊勝にグラスを傾けた。正直ハメられたとは思ったが、酒の強さでは誰にも負けねえ自信がある。
コイツはこの艦に着任したときから俺のことを厭らしい目でみてやがった男色野郎だ。
残念ながら俺は筋骨隆々の男らしさとは無縁だ。長年この手の輩には散々悩まされてきた。そういう視線にはぴんとくる。
あのしつこく追い回してくる坂田といい、こいつといい俺にとっては要注意人物の一人だった。
いや、任務だなんだとオブラートにつつむようにしてねっとりとしかし有無を言わさず俺に迫ってくるコイツより正面切ってアホなこと言って迫って俺に股間を蹴り上げられている坂田のほうがよっぱどましだろう。
「綺麗な髪だね」
伊東の手が伸びる。
「もう一週間洗ってやせん」
そう言うとぎくりと伊東の手が止まった。
ばーか。嘘に決まってんだろ。この潔癖症め。
案の定伊東は気を取り直してまた手をのばしてきた。
「ふふ…沖田君たら冗談だろ?こんな綺麗な顔してきついんだから」
さらり…とずうずうしく俺の髪を掬って笑う。なんだ。コイツ勘弁してくれよ。
俺はグラスを持って内心うんざりとため息をついた。