短編

□拍手B
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『ねぇ先生』

「何だよ」

『春といえば?』

「卒業式」

『ちがくて』

「入学式」

『それも違う』

「桜」

『全部間違ってないけど不正解』






私はシャープペンを指先でくるくる回転させながら目の前でダルそうにジャンプを読む担任に呆れのため息をこぼした



そんな私を見て銀八はジャンプを開いたまま視線だけ私に向けた




「何だよハッキリ言えって」

『春といえば春休み!束の間の休息!学生達がハメを外して桜の下で踊り狂う季節だよ!』

「ハメ外して踊り狂うってお前…単純に酒に酔ってるだけだろ!よく俺に言えたな!」

『それなのに何この仕打ち!皆が遊び狂ってる中、私は学校に来て勉強とかありえない!』

「お前が頭悪いからだろ!俺だって本当なら桜の下でランダバ踊ってるさ!」

『踊るな!ランダバって何だ!』







春休み前の進級をかけた試験で、私は見事に赤点を取った

前日夜遅くまで弟とマリカーやったのが敗因のようだ



おかげで春休みを返上して登校し、友人達からの誘いを全て断って担任に監視されている






『春なのにー…花見日和なのにー…美味しい物食べたいよー…』

「ったく…」







机の上に積み重なった問題集の山を見ないように項垂れて両足を揺らした


そんな教え子の姿を見て先生は立ち上がった

ほんの少し、期待してみた

先生の事だ。甘いお菓子を大量に隠し持っているに違いない。

そして私を見かねてそれを分けてくれるだろう

大好きだよ先生。この瞬間だけね。





「逃げるなよ」

『……どこ行くのー?』

「便所」

『………あっそ』





銀八はどこまで行っても銀八だった。

少しでも期待した私がバカだった。





ペタペタとダルそうにサンダルを引きずって歩く音が離れていくのを確認して深い溜め息を零した





元を辿れば、先生は被害者だ

私が勉強サボって弟とゲームをしたばっかりに

先生はせっかくの春休みをランダバせずに過ごそうとしている


申し訳なくなって、放置していたシャープペンをもう一度握り直す




問題集に再び向きなおそうと力をこめると、カタンと音がした




音のした方に視線を向ければ、おいしそうに冷えたコーラ。

傍にはチョコレートや、ちょっとしたプチケーキ。





「俺と2人だし、お前の言う花見に少し劣るかもしれねぇが…」




ガラリと窓を空けて、銀八は私に振り返った


「これで勘弁してくれや」





窓の向こうに見える立派な桜

風にそよいで一枚、花弁が私の問題集にヒラリと乗った





『先生…』

「5分だけ、お前に花見させてやるよ」



銀八は自分のイチゴ牛乳をグイッと飲んで、用意したお菓子に手を伸ばした








ほわっと心に何かが降り注いだ

先生が先生らしい事をするのは、滅多に無い…というか、無い。


だけど先生は時々、すごく人間的に暖かい事をする。


そういう所に皆惹かれて、ついて来る





『ねぇせんせー』

「あー?」




私も、その1人。





『3年になっても、私、先生のクラスが良いなー…』

「…なーに可愛い事言ってんの」



コツンと額を軽く小突かれた


だけどやっぱり憎めない






「2年から3年は持ち上がりなんだから、全員変わんねぇだろが」

『うわっ』

「だからお前はバカなんだよ…」





そんな先生に

私が恋心を抱いている事は、きっと誰も知らないし、知らないままで良いと思う





それが私の、高校生活の青春だ。






『先生…5分経ったけど……』

「は?お前はそれやれよ。俺はまだ食い足りない」

『拷問だ!!!』





だってこんな男が好きだ何て、言いたくても、言えないじゃない…









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