短編

□拍手B
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彼は美しい獣。



そう例えるのが一番しっくりくる気がする







新しい季節を向かえ、新学期。

隣を歩く彼は、心機一転のつもりなのか、真っ赤なシャツを着ている

左目は眼帯で隠されて、片目しかないのに鋭さは一級品。




私は2つの鞄を持っていた

1つは自分の分、もう1つは彼の分だ。





『し、晋助…せっかく高校生になるんだし…そろそろ自分で……』

「黙れ奴隷」

『うぅっ…』





この関係は幼い頃から変わっていない

私と晋助は所謂幼馴染という奴で

ついでに言えば、私は晋助の奴隷だ


ずっと昔、私がおままごとをしたいとせがんだら、晋助は飼い主と奴隷の役なら良いと言った



勿論飼い主は晋助で、私が奴隷。

その時晋助の中で何かがあったのだろう

彼はおままごとをやめた後もその関係を保った



幼かった私は疑問を持つ事もなく、そのまま晋助に従った



その不思議な関係に疑問を持ったのは小学校に上がって暫くしてからだった


だけどその頃には私も奴隷が板に付いていたらしく
晋助に命令されれば条件反射で従ってしまう身体になっていた






『こんなんじゃ友達出来ないよー…』

「いらねぇだろ」

『いるよ!教室で一人ぼっちなんかヤダ!』

「はっ…お前にはお似合いだな」

『ひどっ…そう言ってる晋助だって同じなんだからね!いつまでもそんな俺様やってたら誰もいなくなっちゃうんだから!』

「そりゃ大歓迎だ」







強気な態度を崩さないのは相変わらずだけど、今私はすごく酷い事を言った気がする


誰もいなくなっちゃうのは、すごく怖い事だから…

晋助の家族は、みんな忙しくて、彼の家はいつも静かだったから…





肩を落として黙る私に気付いたのか、晋助は立ち止まって私を見た





「お前、今俺に同情しただろ」

『し、してないよ!』

「嘘付け。お前の場合顔にすぐ出んだよ」

『だからしてないってば!』

「じゃあ何だよ。…今更言わなくてもわかってるよな?」





晋助の無言の圧力が私に圧し掛かる


言われなくても、わかってる。

晋助を同情したり、哀れんだりした人は、晋助にボコボコにされてきた



相手に例外はなく、女だろうと容赦はない






『ただ…自分に呆れただけ……最低だなぁって…』

「………」

『汚いなぁって…思っただけだよ…』




自分の鞄と晋助の鞄をギュッと抱きしめて俯いた


はぁっ…と深い溜め息が聞こえて、近付く足音に少しだけ肩を揺らした





「俺ぁ誰も必要としちゃいねぇんだよ」

『いっ…いひゃい…!』





突然頬を摘まれてグイグイ引っ張られる。

様々な方向に伸ばされた頬は、開放されたときには赤くなってしまった







『いたいよーっ』

「俺には奴隷がいるからな。それで充分だ。」

『私だっていつまでも傍にいるとは限らないんじゃない』

「お前は俺から離れられねぇよ」

『どこから来るのその自信は…』

「俺だからな」

『そうですか』






一体いつから彼はこんなにも曲がってしまったのか…

再び前を歩き始めた彼の背中を見て、少し記憶を遡ってみた




そういえば、あれはいつだったか…

晋助は一度だけ弱みを見せた事があった




確か幼稚園くらいの頃。

晋助の誕生日に、おじさんもおばさんも仕事が忙しくて帰りが遅くって

夕方まで私は晋助と一緒に遊んでたんだ




「帰るわよー!」

『はーい!』




公園に迎えに来たお母さんの呼びかけに答えて、晋助に別れを告げてから公園を出ようとしたら、突然服の裾を捕まれて私は転んだ




痛みよりも驚きの方が大きくて、晋助を見ると彼の顔が少し泣きそうに見えた

その時唐突に、彼の心の内側を見た気がした



確かその日は初めて私が晋助と奴隷ごっこをした日だった





『しんすけ!なんでもいっていいよ!』

「なにが…?」

『いま、あたし、しんすけのどれいだよ!』

「………」

『なんでもいうこときいてあげる!』





突拍子もないことを口走ったと思う

だけど晋助の為に何が出来るだろうと小さな私は一生懸命考えた





だけど何も言わない晋助を前に、自分の無力さに肩を落として帰ろうとした

それはもう見事な落ち込みぶりだったと思う

私は晋助が大好きだったんだ





だけどまた突然服を捕まれて、私は地面に二度目のダイブをした



今度は驚きよりも、痛みと情けなさに涙が溢れ出しそうだった


「…っやくそくだからな」




その声に振り返った

倒れこんだまま見上げると、涙を浮かべてそれでも強がる晋助がいた





「ずっとおれのそばにいろよ!ずっとだぞ!」


夕暮れを背にした晋助は、小さく肩を震わせていた




『わかった!』







お互い目に涙を溜めて、それでも零さなかった


その時私は、確かに誓いを立てた。





「ずっとおれのどれいなんだからなっ…!」

『わかった!』





幼い日の記憶は、案外鮮明に思い出せた


別に晋助の両親は晋助を嫌っていたわけじゃない

むしろ逆だ。

異常なまでの愛情を注いでいた

だけどずっと1人だったんだ、晋助はあの大きな家で…







『はぁ……これじゃあ私、高校生になっても彼氏出来ないかも…』

「必要ねぇだろ」

『必要だよ!甘酸っぱい恋がしたいよ!』

「んなのもうしてんだろ」

『へ?』








サァっと爽やかな風が吹きぬけた

私を待つ晋助は、私にだけ見せてくれる微笑を浮かべている



私にだけ見せてくれる美しい獣の天使の微笑み


それを偶然見かけた女の子達は黄色い声を上げてファンクラブを作るんだ




毎年の事だけど、何故か私はそれが面白くない





『それってどういう意味?』

「今年中には教えてやるよ」

『今じゃダメだの?』

「お前がちゃんと…を見たら、教えてやる」

『え、なに?途中聞こえなかった』

「一回しか言わねぇ」

『いじわる!』





美しい獣は、今日も奴隷を翻弄する



だけど私は、それが全然苦にならないんだ



それは私の日課であり、日常だから



その美しさに魅了されて、自分からその道を選んでしまうんだ









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