短編

□拍手B
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土方さんの部屋は今日も遅くまで明かりが灯ってる





『何か…手伝える事はないでしょうか』

「気にする事ないですぜ。あの人は働くのが生きがいなんでさぁ」

『ですが、少しお休みになりませんと、疲労で倒れられては元も子もないです…』




沖田隊長はどうでもよさそうに欠伸をしながら壁を背に目を瞑ろうとする





『ダメです隊長。お休みになられるのなら、お部屋に戻ってください』

「ったく……へいへい、お前も明日早いんだからさっさとねろぃ」

『…はい』





刀でしか身を立てることが出来なかった私を拾ってくれたのは近藤さんと土方さんだった。



武州で野良猫の様な生活をしていた私を、彼らは暖かい光で導いてくれた

それ以来、私は彼等の為に働いた


少しでも役に立てるのならと、入隊希望を出したが最初は断られた



近藤さんは妹の様な私を危険に晒したくないと言った



だけど私にとって、彼等と離れる事は死と同じ意味を持っていた





この身のこなしと、剣の技量を買ってくれた土方さんは渋々ながらも私を監察方として入隊させてくれた







『土方さん、お茶をお持ちしました』

「…そこ置いとけ」



部屋の中から聞こえてきた声に従って、静かに戸を開け、盆から暖かいお茶を降ろした




『いくら暖かくなってきたからと言っても、夜はまだ冷えます…せめて羽織を肩にかけてください』

「おー…」





書類に目を通したまま空返事をする彼に、小さく気付かれない程度に溜め息を零した



『…お茶、温かい内に飲んでくださいね』

「おー…」

『それと、いつもの、一緒に置いておきますから』

「おー…」




いつものというのは、土方さん専用のマヨネーズだ


何かもうここまで来ると感服する



ニコ中であり、アル中であり、マヨ中であり、仕事に取り憑かれている






今度は大きく溜め息をついて、彼の部屋を後にしようと立ち上がった



「おい」

ずっと書類を睨みつけていた彼の眼差しが私に向けられる





「疲れてないか?」

『はい?』

「観察方は一般の隊士と少し違ぇだろ。山崎がサポートしてんだろうが、疲れんだったらすぐ言えよ」

『そんな事はありませんよ』

「なら良い…だが、キツかったら我慢するじゃねぇぞ」

『………』

「お前は女なんだからな」





いくら暖かくなってきたからと言っても、夜はまだ肌寒い

いくら桜が咲き乱れても、真選組はいつもと同じ

いくら土方さんに感謝の気持ちがあっても

いくら役に立ちたいと願っても

私は女だからと、線を引かれる







私は近藤さん達に拾われるまで、野良猫の様な生活をしていた

野良猫と言うよりは1匹狼だった



野放しにされた飼い猫は、生きる為に刀を握った

酷い仕打ちを何度も受けた

だけどそれ等は私を強くした



野に放たれた飼い猫は生存本能をギラつかせ、幾人もの返り血を浴びた





そんな私を拾ってくれた


もう一度人に戻してくれた






『だからっ……』

「あ?」

『だから最初に言ったでしょうがー!!!』






バコンと間抜けな音をたてて、私は奴専用のマヨネーズを奴の顔面に叩き付けた




『最初っから言ってんでしょ!私はあんた等の足になるんだって!本体は近藤さん!頭脳は土方さん!手足はあたし等下っ端だって!』



手足はいくらでも替えが効く

だけど、本体や頭脳が潰れてしまえばそこで真選組は終わってしまうんだ





『頭脳が疲労で潰れちゃシャレにならないっつってんのよ!』

「お、おい…」

『それとも何か!そんなに下っ端は信用出来ないってか!』

「んな事言ってねぇだろが!」

『あぁそうですね!違いますね!信用出来ない役立たずは私1人だけですよね!』






先程身体が冷えてはいけないからと薦めた羽織を勢いよく彼に叩き付けた




『だけど幾ら煩わしく思われたって私には此処しか居場所がないんだ!』





それだけ吐き捨てると、私の目からは知らずに涙が溢れていた


どうして伝わらないんだ

こんなにも大切なのに

初めて知った家族の暖かさを守りたいのに

私はいつだって邪魔にしかならない






「ふっ…ざけんな!ベラベラうるせぇんだよ時間考えろ!」


私が投げつけた羽織を投げ返されて一瞬だけ視界が暗くなった



情けないけど私は涙を流していたから、そのまま羽織を退かせずにジッとした







「馬鹿が!俺が言ってんのはそういう事じゃねぇんだよ!」

『………』

「見ろこの書類!」




声を出さずに土方さんの羽織をそっとずらして、右目だけを覗かせた

突き出されたのは先程まで彼が見ていた書類の山





『っそれが何ですか』

「気づけよ!こりゃあお前が提出した案件だ!」

『はぁ?』




よくよく見れば、その束は私が今年に入ってから処理した任務の報告書ばかりだ






「年明けてからお前どんだけ働いてんだよ!おかげで報告書に目を通すだけで一苦労なんだっつの!」

『え…だって女だから役立たずだって思ってたんじゃ…』

「誰がんな事言ったよ。てめぇの様な足を手放すわけねぇだろう」





土方さんは、私を足だと認めてくれた

女の私を足だと言ってくれた

それだけで私は救われた気がした





『うぅーっ…』

「チッ…何泣いてんだ」

『らって、土方さっ、私の事ウザイって思ってるとばっかりーッ』

「ったく、何で俺が…」

『らって、らって、役に立ちたくって、だからアタシッ』





止まらない涙は、土方さんの着物に吸い込まれていった

羽織ではなく、彼が今袖を落としているその着物に





「相変わらずお前は面倒な性格だよほんと…」

『うぁぁああー!!!』

「あ゛ーうるせぇ!」




そう怒鳴りながらも、土方さんは優しく背中を叩いてくれた





危険で、いつだって命と隣り合わせの仕事だ

それでも私は彼等の足になる事を選んだ


少しでも役に立とうとたくさん動いた

冷静に、慎重に、皆の健康管理もした



それが私の日常

季節も、それに伴う行事もほとんど関係ないけれど




大切な彼らを守る事が出来るのなら


それは私にとって最高の人生だ









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