短編

□拍手B
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ありがとうと言うには、私は余りにも口下手だった


カキンッと響いた心地良い音の後には、桜の花弁を突き抜けていくボールの音




ベンチに座っていると足元にボロボロのボールが転がってきた

それを手にとって針を通す





「良い天気だねー」

『うん』

「今日はランニング、河川敷の方まで行くらしいよ」

『それはまた随分と遠いね』

「だけどあそこって、桜並木で有名らしいよー」




野球部のマネジをする千代と

無理矢理ではあったが、成り行きで同じく野球部のマネジをする事になった私





グランドでは真剣に、それでも楽しそうに笑う選手達がいる


三橋は相変わらず挙動不審だ。




だけど皆、努力家な彼を認めてる

努力は何よりも強みになる。

誰かがそんな事を言っていた気がする


確かにそうかもしれない

だから三橋も今のフォームを持ってる



だけどそうじゃない部類もある







「どうかした?」

『ん、何でもない』



ギュッと力を込めて糸を切った

生き返ったボールをカゴに入れる






私は野球が嫌いだった

成長する女の身体は、男に混ざって野球をするには支障があった。


中学ではソフトボールをやった

だけど私が追い求めていたのは野球だった


一時期は豪速球を投げる子供として、少しばかり有名になった

だけど日を増す毎に、子供は女の子になり、少女になり、世間の目は私を野球から遠ざけた



野球は嫌いだった




大好きだったけど、嫌いだと思えば少し気が楽になった







西浦に入学して、最初に友達になったのが、何の因果か泉だった

野球とは二度と関わって堪るかと決めていたのに

彼と関わるようになり

彼等と関わるようになり

私がいつかの豪速球を投げる子供だと知られ

いつの間にか野球部のほとんどと関わるようになっていた





私は野球が大嫌いだった





「なぁ、そろそろ頼むわ」

『はいよー』





邪魔な髪を高い位置で結いあげ

左手にはグローブを

右手には白い球を握った



ふんばりの効くスパイクに履き替えマウンドに立つ。





彼らは豪速球対策に私を呼んだ

今でもその肩は腐っていない


どれだけ嫌いになっても捨てきれる物じゃなかった








「どうせならさ…嫌いになるより、野球に携わって頑張るとか…そういうのもありなんじゃねぇの」




いつだったか、悔し涙を流した私に泉はそう言った


彼自身、直ぐ傍でそういう風に努力する先輩を間近に見ているからだろう

それは私も素敵な事だと思った



肘を壊し、一度は野球から離れたのに、今では野球部の応援団をしている

そんな先輩が…今ではクラスメイトだけど

すぐ傍にいるんだ




でも彼は、きっとすごく長い迷路の中で漸く光を見出したんだろう

私にはまだそれが見えない








バシンッ

「ナイピー!」




前後左右からかけられる声は、幼い頃経験したのと同じだった


思いっきり投げる

それがミットに収まる

だけど時々打たれてしまう

ボールは弧を描いて私の頭上を飛んでいく

そして仲間のミットにそれが納まる





「「ナイキャー!」」

『…っ』






向くりと起き上がった泉は誇らしげにボールをかかげ、私にボールを投げた




バシンッとキレの良い音で私のミットに届く






私は野球を嫌いになろうと思った

素直じゃない私の性格は時として何かの妨げになるけど





『泉!』

「あ!?」

『ありがとう!』

「……な、なんだよ突然!//」





たまには素直になってみよう

今では野球に少しでも関わることが出来る事を誇りに思ってる



感謝の気持ちはマウンドの中で



その心はボールに乗せて






『しまってこー!』






1年の時を経て、私達は2年生になった


色々あったけど

私は今の現状に満足してるんだ









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