短編

□拍手B
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『好きです先輩!付き合って!』





4年越しの片思いは5年目に差し掛かろうとしている


桜の木の下で、何度目かもわからない告白をし

何度目かもわからない彼の呆れた表情を目の当たりにする







「お前も諦め悪いねー…」

『先輩の後輩ですから!』

「俺は諦め良い方だけど?」

『ずっと野球続けてきた先輩が何言ってるんですか!』





このやり取りも何度目だろう


桐青ではもはや名物になっている私の告白劇は、今更どこで唐突に行われようと誰も驚かなかった

年上の女性に人気のある彼、島崎信吾先輩は、こんな私を適当にあしらう事もなく

いつだって紳士的に断ってきた



(…もしかしたらそれが一番残酷なのか?)






『好きです!大好きです!』

「あーはいはい。」




先輩はあくまで紳士的に私をあしらう。

友達に聞いたらそれは紳士じゃないと言われた

だけど私にして見れば、先輩のする事は全て紳士的に見えた





告白の勢いにのって抱きつこうとすれば頭部を鷲掴みにされ

保健室で仮眠する先輩の唇を奪おうとすれば思い切り頭突きされた




それでも私には紳士的に見えた




桜の舞う季節

先輩は3年、私は2年に進級した




その日もいつも通り先輩を追い掛け回し、更衣室の着替えを覗こうとしたらお決まりの頭突きをされた


周りからはストーカーだとか、変質者だとか言われたけど

私はあくまでも恋するハンターだと言い切った


そんな私を高瀬は変な生き物を見る様な目で見た






だけど突然、変わらなかった日常が、たった一つの噂で崩れ去った





「島崎先輩って彼女いるらしいよ!」

それは唐突だった



4年越しの片思いだった

硬い物で頭を殴られた衝撃を受けた

ずっと追いかけてきたけど、そんな素振りは見た事がなかった






先輩は紳士だから

私を傷つけないように今まで内緒で彼女と愛を育んできたんだ

自分に懐く後輩を無下には出来なかったんだ

先輩はどこまでも紳士的。

だけどそれはすごく残酷な事だ。







フラフラと無意識に先輩の教室に向かった

ドアからこっそり覗いてみた

こっそりのつもりだったけど、どうやら傍から見ればガッツリ見ていたらしい

ドアの近くにいた先輩が、彼の名を呼んだ




「島崎ー!来てるぞー!」

「あー?」




来てるぞの言葉は、無意識なんだろうけど私の胸にグサリと突き刺さる


“また”来てるぞ

私にはそう聞こえた。


そしてそれは先輩が私を鬱陶しく思ってることをクラスメイトに言っていた証拠になった




振り向いた信吾先輩のすぐ傍には綺麗な女の先輩が居た

2人がお似合いすぎて、

その瞬間、私の足場は崩れる音がした




『は…ははっ』

「どうした?」

『先輩、ごめんね』





精一杯の笑顔を向けた

先輩は酷く驚いていた



笑顔は作れたけど、膝は情けないくらい震えてた




だから私は逃げるようにその場を後にした



4年間の想いが、たった一日で終止符を打った



悔いはない
だって私はこの4年間、気持ちを伝え続けてきたのだから

それでも想いは届かなかった

綺麗な先輩とチンチクリンな後輩では、勝ち目何か最初から無かった




全速力で走って、人気のない所に来た時

思い切って声を張り上げようと思った



足を止めて、込み上げてくる4年分の想いを誰もいない空間にぶつけようと

だから…





「急に…何だよっ!」

『せん、ぱっ…』




息を切らせながら、先輩は私を引き止めるように後ろから腰に腕を回した

今朝までの私なら、この状態に両手を挙げて喜んだだろう

だけど今の私には苦痛でしかない





『やだやだ離せぇっ!』

「いって!暴れんなバカ!」

『先輩ずっと好きな人いたんじゃないですか!それなら最初から私の事はハッキリ迷惑だって言えば良かったのに!』

「最初から言ってたけど!?」

『もっと解りやすくだよー!!!』


先輩の両腕に引っかかってる様な体勢で、私は声を張り上げて泣いた







先輩はげんなりとして溜め息を吐いた

それを見て私はまたショックを受けた





『か、彼女放ったらかして何やってるんですか!』

「はぁ?」

『こんなチンチクリン放っておいて、あの綺麗な先輩の所行ってください!』

「何お前…何か勘違いしてない?確かにチンチクリンだけど…」

『ひ、ひどい!』

「自分で言ったんだろ…」






私は先輩の両腕に引っかかってる状態だ

もっと詳しく言えば、両足は先輩の身長のせいでほとんど浮いているし

両手は脇の下からキツク抱き上げる先輩の腕を必死に剥がそうとしている





「俺の彼女は、お前だろ」

『だからっ!……え?』




先輩の言葉に私は疑問符を浮かべるしか出来ない

だけど引っかかった状態で振り返った私の頭に先輩の唇が触れた




小さなリップ音を鳴らした後、ゆっくりと私の足は床に降ろされる




「今朝、ちゃんと言っただろ」

『今朝?』

「お前が告って来た時」

『?』




私は必死に混乱する脳を整理した



今朝はいつもの日課で、先輩を呼び出して告白をした




―――好きです!大好きです!

―――あーはいはい。




確かに、今まで先輩はそういうあしらい方はしなかった

だけど今日は少し方法を変えたんだろう

そんな認識でしかなかった


というかむしろ何時もより適当に返されたのかと思ってた





『わ…わかりづらいですよ!』

「そりゃすみませんね」

『だって…じゃあさっきの綺麗な先輩はっ…』

「あいつ彼氏いるぞ。卓球部の」

『まさかの卓球部!』








先輩はどうやら私の事を彼女だと公表していたらしい

嬉しいやら恥ずかしいやら…




『でも何で公表なんか…』

「お前、俺の学年の奴等から人気あんだよ」

『んなアホな』

「だよなー…」





呆れた声で溜め息を付きながら、先輩は制服の袖で私の涙を拭ってくれた





「……まぁ、そういう事だから」





俺はチンチクリンが好きなんだよ


先輩は最後にそう言って、私を抱きしめてくれた





4年越しの片思いは一日で終止符を打った

今日からは両思いの年月を重ねていく事になった



1人じゃなく、2人で






『先輩の匂いやばい好き!』

「まずはお前のその変態気質を徹底して直してくからな」











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