短編

□信じられない恋の始まり
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サァァ……






耳に心地良い風の音

それに伴い舞い散る桜




心機一転新しい季節を迎えたこの季節

パリッとした真新しい制服に袖を通し、待ち受けているであろう何かに胸を躍らせ



これから3年間お世話になる校門に向かって全速力で走った




……走った。





『入学式に遅刻とかっ…バカなのあたし!?』





折角の制服も一目を気にせず走る持ち主のせいで既に乱れている





『あ゛ー!うそうそ!やだ待ってーーー!!!』



目と鼻の先にはもう銀魂高校が見えていた

入学式は既に始まっている時刻。


恐らく生徒指導であろう教師らしき人が私の姿を捉えた瞬間、ガラガラガラッと勢いよく閉め始めた。






もう足はガクガクと震えていた

なのに先生は容赦無い






「入学式早々遅刻する輩を余が許すと思うなぁ!!!」


一体あの課長の様な人に一体何があったと言うのか



ふくよかな頬には3本の赤い線が痛々しく浮き上がり

何故か額には触覚の様な物が生えている





一生懸命走っているせいかそれらの疑問を追及する暇も、ましてや声を出す余裕さえもない






『待っ…!』



鉄柵が無情にも目の前を勢い良く通過していく

伸ばした腕も虚しくそれは完全に閉められて…そう思ったのに…







「てめぇバカ校長!式の途中で何猫追いかけてんだ!」




強い罵声と、校長と呼ばれた触覚を持つおっさんが鉄柵に勢いよく衝突した。

いや、この場合、突然登場した別の触覚を持つほっそりとしたおっさんに蹴り飛ばされたと言うのが正しいだろう。






「ジジィてめぇ!教頭の分際で校長である余に何しやがんだ!つうか今バカって言っただろ!」






一体何が起こったのか


鉄柵は締め切られることもなく中途半端に開かれ

額に触覚を生やしているおっさん2人はどうやら校長と教頭らしい。



私はどうして良いのかもわからず目の前の光景を息を整えながら黙って見つめた

酸欠状態の頭を働かせる事も出来ず


ふぅっと大きく息を吐き出しながら顎に伝ってしまった汗を拭った





ヒラヒラと、すぐ目の前に数枚の桃色が舞った




視線を横に動かして見上げれば、大きく立派な桜の木が1本、堂々とその貫禄を見せ付けている





ほんの数秒その美しさに目を奪われ微笑んだ




『綺麗だなぁ…』


無意識に口をついて出た



ごく自然に頬が緩んで、この学校に来て良かったと思った






「おーい、何ボーッと突っ立ってんだよ」


カシャンと音がして、先程のおっさん達とは違う、少しやる気の無い声が近くでした




桜を見ていた視線を戻して、声の主を見た

鉄柵に両肘を預け、気だるそうに煙草の煙を吐き、真っ白な白衣と、ズリ下がっている眼鏡と、サンダル。

何より目を引いたのはキラキラ太陽の光に照らされ風に揺れる銀髪。





「ほら、早くしねぇと閉めちまうぞー」

『え、あ…はい…』





促されるままに1歩足を踏み出して、私は晴れて銀魂高校に到着した


背後で銀髪の彼がカシャンと鉄柵を占める音がした







「お前も良い度胸してんなー、まぁでもわからなくはねぇ。朝っぱらからくそ長ぇ教師の熱弁何か聞きたくねぇよな」


気付けば彼の右脇にはジャンプがしっかりと挟まれていた

…この人は教師なのだろうか






「ん?俺の顔に何かついてる?」

『あ、いえ…』


「坂田先生!あんたまで何やっての!いないと思えばこんな所で…Z組の担任が不在ってどういう事!?」

「いやぁ、ジャンプの続きが気になっちゃってそれどころじゃなかったんすよ」




おっさん達からの凄まじい説教を物ともせずに、彼は耳に小指を入れてふっと息を吹きかけた

一連のその動きを私は目を見開いて見届けた

先程聞いた言葉に、ドクリと心臓が跳ねた




「そういうこった。俺がZ組担任の坂田銀八。つまり、お前の担任な」

『は…はははっ…』




ドクリと心臓が跳ねた理由は、別に恐怖したとか、そういう感情じゃなかった






汗は引いていなかった

だけど今私の頬を伝った汗はそれじゃなく、冷や汗だった





「おら行くぞ」

『あ…入学式…』

「んなもん行く訳ねぇだろ」

『え?でも…』

「誰のおかげで今日遅刻にならなくてすんだんだ?」

『え…、え?』

「お前、パシリ決定な。わかったらさっさと俺にイチゴ牛乳買ってきなさい。ジャンプ読む時にイチゴ牛乳は必須だからな」

『あんた本当に教師なの!?』







はらはらと、私達の頭上を貫禄のある桜が見下ろしていた

舞い散る桜に胸を躍らせ、これからの高校生活を青春でいっぱいにしようと思った


思ったのに、私に待ち受けていたのは、銀髪の担任にパシられる事だった





ドクリと心臓が跳ねた理由はわからない







『チッ……先生買ってきましたよ』

「今舌打ち聞こえたんですけど…」

『気のせいですよ絶命してください』

「気のせいだったのに!?」




先生にイチゴ牛乳を渡すために数歩歩み寄って、コツンと足が何かに躓いてしまった


フラフラと揺れる体に、先生はジャンプを読んでいて気付かない





『うっ、わ、わっ!』

「?…え、ちょぉ!?」




数秒後

顔を上げた私に怪我はなかった




先生を下敷きに、イチゴ牛乳を思い切り先生の頭にぶっかけていた





『あちゃー…』

「………」




何故イチゴ牛乳の蓋が開いていたのか

それは私が来る途中にイライラして飲んでいたから


何故先生の額に青筋が浮かんでいるのか

きっと私が飲みかけのイチゴ牛乳を被せた上に、重い体重を乗せているからだろう


何故先生は守るように私の頭を抱きかかえているのか

その理由はよくわからない






『先生ごめんね?』

「はぁ…勿体ねぇなー…」




さすがに申し訳なくて心の底から謝ると、先生はポンポンッと私の頭に手を乗せ立ち上がった






何故私が入学初日から先生のパシリに黙って従っているのか

舞い散る桜を背に、キラキラと綺麗な髪を揺らす先生が忘れられなかった




ただ、それだけだ…













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